IN FINANCIAL FORTUNE · ISSUE 136

(仮ビジュアル)薄暗い部屋の黒枠の大きな鏡の前で、黒いローブ姿の女性が鏡に映った自分と静かに向き合っている写真● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

「損は、得の2倍以上重い」。広く流通するこの数字の出どころは、1992年の研究が報告した損失回避の係数λ〔損を得の何倍重く扱うかの係数。1なら同じ重さ〕の中央値〔並べたときのまんなかの値〕2.25です。

その2.25の出どころも同じ論文にあります。参加者は大学院生25人(男性12人・女性13人)、報酬25ドル。数日おきに3回に分けた各1時間——合わせておよそ3時間のセッションでした。2024年のメタ分析は17本の論文・19のデータセットをランダム効果モデル〔研究ごとに本当の値が違いうるとみて統合する〕で束ね、λ = 1.31(95%信頼区間 1.10〜1.53)としました。

この号が扱うのは一覧表ではなく、3つだけ——目の前の1日と遠い将来の1日を同じに扱えないこと。損を得より重く扱うこと。お金に見えない仕切りをつけ、財布ごとに別の勘定として扱うこと。この号は投資助言ではなく、「バイアスを直せ」とも言いません。

行動バイアス管理力(Behavioral Bias)は、癖を消す技術の名前ではなく、自分の判断の癖がどこまで測られ、どこから先は測られていないかという点検です。癖そのものを測った数字と、癖の見え方を測った数字は、同じ人の中で比べたものではありません。

(仮ビジュアル)暗い室内で黒い壁ぎわに立ち、隣の窓ガラスに自分の後ろ姿が映りこんでいる、黒いニットの女性。窓の外は夕暮れの空
答えたのは、米国の大学院生と学生、そして米国の家計。同じ測定ではない。 Visual: ALIFE

まず測られたのは、この3つです。

01受給から30日で、摂取カロリーが10〜15%下がっていた。ひとつめは、目の前の1日と遠い将来の1日を同じに扱えない癖。2005年の研究は米国の食料支援制度の受給世帯を追いました。給付の受領から次の受領までのおよそ30日で、摂取カロリーが10%から15%低下していました。一定の率で将来を割り引く想定では説明がつかない、というのが著者の結論で、観察そのものではありません。確認できたのは抄録の範囲までで、世帯数も期間も扱えていません。

022.25は25人からの推定、統合すると1.31だった。ふたつめが損失回避。2.25は一つの実験からの中央値、1.31は多くの研究の統合値——同じ種類の数字ではありません。研究間のばらつきは極めて大きく、不均一性の指標〔研究間の違いで説明される割合〕は91.60%。19のデータセットのうち12で、信頼区間が損失中立(λ = 1)をまたいでいました。その12は、損と得が同じ重さである可能性を排除できていません。ただし「損失回避は存在しない」という報告ではありません。統合値そのものは1を上回り、信頼区間も1をまたぎません。

03ガソリン代の仕切りへの反応は、およそ20倍だった。みっつめは、お金に見えない仕切りをつける癖です。2013年の研究は、給油所を併設した米国の小売チェーンの61,494世帯・10,548,175件の取引記録で検算しました。1ガロン2.98ドルから4.10ドルへの価格急騰のもとで、レギュラーを選ぶ割合が80.2%から81.6%へ、1.4パーセントポイント〔割合と割合の差〕上がっていました。同額(年およそ1,313ドル)が他の収入から減ったのと同じ反応なら0.02ポイントのはずで、2桁の開きです。基準推定では、ガソリン代由来の所得減への反応は他の源泉のおよそ20倍(割合の比ではなく、モデル内の反応の比)。仕切りは教科書には存在しませんが、給油所には存在します——この号の読み筋です。

(仮ビジュアル)ベージュの空間で、黒い石の細長い天板を、灰青のガラス・銀の金属・赤い漆という3本の異なる脚がそれぞれ支えているコンソールテーブル
30日の10〜15%・2.25と1.31・およそ20倍。まず測られたのは、この3つ。 Visual: ALIFE

数字そのものは動きません。動くのは、結論が引かれる途中のほうです。手がかりは3つ。

01説明を読ませても、4分の3は否定した。ひとつめは「名前を知れば、自分の判断から取り除ける」という前提。2002年の研究の第1調査では、24人の学生が、自分を5.31、平均的なアメリカ人を6.75と評価しました(t(23) = 8.31)。91人が「多くの人は自分を平均以上と評価する」という説明を読まされたあと、平均以上と答えていた79人のうち、自分の回答の偏りを認めたのは19人、24%。説明を読ませても、4人に3人では閉じません。事前登録つきのブラジル203人の追試では、自他の差が d = −1.72(ばらつきを単位にした差。目安では0.8超で大)で再現。3つの仮説のうち再現は2つ(抄録の範囲まで)。

02一つの係数を、自分の設計図にしている。ふたつめは、数字の一人歩き。「損は得の2.25倍重い」は、25人が3回のセッションで出した選択からの中央値です。単一の係数を設計図にすると、実際より劇的な人物像ができます。2018年の総説は、証拠とされてきた現象の一部は、何もしないほうを選ぶ癖でも説明できると指摘します。同じ著者らの別論文(2017年)が報告し、この総説が紹介するマグカップの評定は得たとき2.71、失ったとき1.38(腕時計や山の眺めでは差が出ず)。「損は重い」は測られてきた。ただし単一の定数として安定はしていない——両方が同時に立っています。

03盲点が強い人ほど、助言も訓練も届きにくかった。みっつめが、いちばん重い場所。2015年の研究は、自他の偏りの見え方を測る14項目の尺度を作り、5つの標本・合計661人で確かめました。この661人のうち85.2%が盲点を示しています(判定はp<.10の傾向水準を含む)。別の178人の実験では、盲点の得点が1標準偏差低い人は、高い人より他人の助言に6%多く重みを置いていました(0.223 対 0.164)。さらに別の297人を無作為に分けた実験では、根本的な帰属の誤りを減らす訓練は、盲点の得点が低い人にはよく効き、高い人では効果を確認できませんでした。「知れば避けられる」という前提は、いちばん必要な人のところで最初に折れます。

(仮ビジュアル)3つの縦長の区画に分かれた写真。左は薄暗い寝室の乱れた寝具(壁に採光)、中央は窓の外を見ている女性の横顔、右は玄関の床に置かれた上着と鍵
説明の無力・一つの係数・盲点の強さ。取り違えるのは、この三か所。 Visual: ALIFE

どれも、あなたの判断の癖を診断した結果ではありません。答えたのは米国の大学院生と学生、食料支援の受給世帯、小売チェーンの会員が中心。盲点はブラジルの追試が1本だけで、文化の範囲はまだ狭い。日本の家計調査や日本の消費者を対象にした研究とは、対象も制度も訊き方も違います——比較も足し合わせもできません。職業選びの偏りも、投資判断の是非も、「あなたの癖はどれか」も、この号の出典では測られていません。

ここに並んだ数字は、その期間・その制度・その標本の記録であって、これから同じことが起きる約束ではありません。この号は投資助言ではなく、特定の金融商品・口座・保険・サービスを勧めも、やめろとも言いません。

5標本661人の85.2%が、盲点を示した。
別の297人では、訓練は盲点の強い側に届きにくかった。

だから次の3手も、研究が命じた順番ではありません。3つの名前を書いたとき何が起きるかを確かめた研究は、ありません。

TRY IT TODAY

  1. 01NAME

    紙かメモアプリに、3つの名前を縦に書く。**①目の前の1日を重く扱う癖 ②損を得より重く扱う癖 ③財布ごとに別の勘定として扱う癖。**3行の見出しを作るだけです。

  2. 02MATCH

    直近1か月の自分のお金の判断を、1つずつ当てはめる。①は月の前半と後半で判断が変わった場面、②は減るのを避けて動かさなかった場面、③は同じ金額なのに出どころで扱いが変わった場面。

  3. 03MARK

    当てはまったものにだけ印を付けて閉じる。3つ全部に印が付かなくて構いません。思い出せなかったものが、いま見えにくいもの——というだけです。

10分。採点はありません。**「バイアスを直す訓練」でもありません。****口座を開く・金融商品を選ぶ・契約を変える・借り入れや返済の方法を決めるための課題ではありません。**お金の判断が最近ないなら、時間の使い方で同じ3つを探せば成立します。苦しくなったら中止を。必要ならファイナンシャル・プランナーや金融機関の相談窓口など専門家と。返済が滞っている・生活費が足りないときは、この課題より先に、金融庁の相談窓口、自治体の生活困窮者自立支援の窓口、法テラスなど公的な相談先へ。

確かめられたのは4つ。受給後30日で摂取カロリーが10〜15%下がったこと。λ = 2.25が25人からの中央値で、統合すると1.31、19のうち12は損失中立をまたぐこと。ガソリン代という仕切りの中でだけ選択率が1.4パーセントポイント動いたこと。そして、盲点が強い人ほど助言も訓練も届きにくかったこと。「損失回避は嘘だった」は、どこにも書かれていません。残せるのは診断ではありません。3つの名前と、思い出せたぶんの印が残るだけです。

SECOND LAYER · FULL SYLLABUS行動バイアス管理力を、もっと深く学ぶ。→
HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方

この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。

効果量 d・g
2つのグループの平均の差を、ばらつきの大きさで割った値。一般的な目安では 0.2=小、0.5=中、0.8=大。g は d を小規模研究向けに補正したものです。
95%信頼区間
推定値の「ばらつきを見込んだ幅」。同じ研究を何度もやり直したら、結果の多くがこの幅に収まると期待できます。幅が0(差なし)をまたぐときは、明確な差とは言い切れません。
メタ分析
同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
p値
差がないと仮定したとき、偶然でこの結果以上が出る確率の目安。小さいほど偶然では説明しにくいことを表しますが、効果の大きさは表しません。
中央値
全員を並べたときの、ちょうど真ん中の人の値。平均と違って、極端な値に引っ張られません。
標準偏差
ばらつきの大きさを表す値。大きいほど、人によって結果がばらばらだったことを意味します。

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本コンテンツは学習目的であり、投資助言や個別の金融商品の推奨ではありません。