IN ROMANCE · ISSUE 116
● 12 SEC「溜め込まずに出したほうがいい」。実際に測りに行った実験があります。2002年、米国の大学生602名を怒らせたうえで、三条件へ無作為に割り当てました。相手のことを考えながら叩く、体力づくりのことを考えながら叩く、叩かずに静かに座る。結果は、発散という考え方の反対を向きます——いちばん低かったのは、何もせず静かに座っていた群でした。
ただし、この号が扱うのは怒りの静め方ではありません。その数字が、誰の、何の測定だったかのほうです。もう一方の助言——「大人なんだから抑えたほうがいい」——も測られています。ただし、抑えた本人の中を見ても見えません。相手の血圧と、相手が感じた親しみを測って、はじめて数字になりました。片方を、もう片方の推奨の根拠にはできません。
情動調整力(Emotion Regulation)は、感情を出さずに済ませる力の別名ではなく、波立った自分をどう処すかという手つきです。おもに扱われてきたのは、出来事の意味の取り方を変える解釈のやり直し(再評価)と、顔や声には出さない表出の抑制。測り方も二系統。発散の側は怒らせたあとに何かをさせて直後の怒りと攻撃を測り、抑制の側は二人で会話させて本人と相手の血圧・親しみ・記憶を測ります。同じ人の中で比べた数字ではありません。

では、発散の側はどこまで測られているのか。まず測られたのは、この3つです。
01相手のことを考えながら叩いた群が、いちばん高かった。2002年の実験は、米国の大学生602名を怒らせて三条件へ割り当てました(最終分析600名・各条件同数)。相手のことを考えながら叩いた群は、体力づくりを考えながら叩いた群よりも、静かに座っていた群よりも怒りが高く、攻撃も後者より高い(d=0.22/0.31/0.30。d は差の大きさで、目安ではどれも「小」)。残る二群のあいだに明確な差はありません(怒り t(594)=0.95、攻撃 t(594)=1.68、p>.05。t は差とばらつきの比、p は偶然の見込み)。測られたのは直後の怒りと、実験室の攻撃の機会です。
02文章を読んだ人は、叩きたい気持ちのほうが強まった。1999年の研究は、その前段です。研究1では、発散はよいことだと書かれた文章を読んだ人のほうが、叩きたい欲求を強く表明しました。研究2では同じ文章を読ませて実際に叩かせ、そのあとの攻撃も、否定する文章を読んだ人より高くなりました。自己実現の予言ではなく自己破壊の予言のほうへ働いた——というのが著者らの対比です。
0310,189人の統合では、覚醒を上げる活動に明確な差が出なかった。2024年のメタ分析は、154本の研究・184の独立標本・10,189人を統合しました。覚醒を下げる活動は怒りと攻撃を減らしたと報告され(g=−0.63、95%信頼区間 −0.82〜−0.43。g は差の大きさで、負は怒りが小さい向き、目安では「中」)、覚醒を上げる活動は g=−0.02(同 −0.13〜0.09)で信頼区間が0をまたぎ、明確な差とは言えませんでした。ジョギングは g=0.71(同 0.07〜1.42と幅は広い)で怒りを増やしていた、と。要旨は、発散も走りに行くことも支持しないと結びます。これは統合値で、154本が一様だった意味ではありません。

数字そのものは動きません。動くのは、引かれていく途中のほうです。手がかりは3つ。
01「発散が支えられない」を、「我慢が正解」に読み替えている。ここがこの号の分かれ目です。2002年の実験も2024年のメタ分析も、「抑えたほうがいい」を支持してはいません。比べられていたのが二択ではないからです。減らしたと報告されたのは覚醒を下げる活動(g=−0.63)、いちばん怒りが低かったのは何もせず静かに座っていた群。出すか抑えるかという構図の外に、成績のよい列があります。抑制の側のコストは、別の研究の別の測定です(次の項)。
02抑えたコストを、自分の中だけで探している。2003年の研究は、面識のない女性どうしに気の滅入る記録映像を16分見せ、そのあと二人で会話させました(研究1は72名、研究2は84名)。抑制だけが意思疎通を妨げ、抑制した人の「相手」の血圧の反応を増大させました——研究1で、何も指示されなかった人の相手と比べた相手側の効果=4.67(t(58)=2.49)。研究2でも同様で(3.45)、相手が感じた親和は下がり(−2.75)、本人と相手の双方の血圧が上がりました。相手側の効果とは、抑えた本人ではなく、向かい合っていた相手の側に出た差の大きさです。ラポール(打ち解けた感じ)も下がった、と要旨は述べます。
03二つの尺度を、反対語として読んでいる。「自分は抑えるほうだ」という自己認識も、質問紙で測られます。2003年の尺度は、解釈のやり直しが6項目、抑制が4項目の計10項目を1から7で評定する形式。二つの尺度は、どの標本でも独立していました(平均 r = −.01)。r は関連の強さで、0なら関連なし。抑制をよく使う人が解釈のやり直しを多く使うわけでも少なく使うわけでもない——反対語ではなく、別々の目盛りです。標本は学部生116人から791人で、多くは横断の、自己申告どうしの相関です。どちらが先かは、この設計からは出てきません。

ここまでの数字は、ほぼすべて米国の、大学生と学部生から採られています。2003年の抑制の実験は、面識のない女性どうしの初対面での会話です。交際中のカップルの対立を扱った2003年の別の研究では、会話の発言の記憶は解釈のやり直しで増え抑制で減り、感情の反応の記憶は抑制で増えました。全文まで読めたのは6点のうち5点。残る1点は抄録の範囲までで、組数と効果量は書きません。
測り方も揃っていません。直後の怒り、実験室の攻撃の機会、会話中の血圧、相手が付けた親しみ、質問紙で答えた習慣——測っている場所が違うものを、同じ表に並べています。強い実験があるのは分の単位で、何年も続く関係の年の単位はほとんど測られていません。日本の恋愛や結婚で同じ手続きをやり直した記録も、たどった範囲にありません。
いちばん低かったのは、何もしなかった群だった。
抑制のコストは、相手側で測ると数字になった。
次の3手も、研究が命じた順番ではありません。自分の処し方を書き留めたとき何が起きるかを確かめた研究は、扱っていません。ALIFEが提案する実践の入口で、処し方を変える課題ではありません。
TRY IT TODAY
- 01NOTE THE TIME
今日1日、いらだち・不安・落ち込みに近い感情が動いたと気づいたら、そのつど時刻だけを書く。何があったかは書かなくていい。
- 02NAME IT
そのときの処し方を1語だけ添える。持ち上げた/気をそらした/何もしなかった/解釈をやり直した/表に出さないようにした、の5つから選ぶ。
- 03CLOSE
良し悪しの判定はしない。処し方を変えようともしない。1件も無ければ「無し」と書いて、日付を添えて閉じる。
確かめられたのは三つ。相手のことを考えながら叩いた群が怒りも攻撃もいちばん高く、いちばん低かったのは何もしなかった群だったこと(米国の大学生602名)。10,189人の統合で、覚醒を上げる活動に明確な差が出なかったこと。抑制のコストが、相手の血圧と親しみに現れたこと。「出したほうがいい」も「抑えたほうがいい」も、ここまでの実験に支えられてはいません。今日残せるのは、動いた時刻と、処し方の語が1つずつ。記録が一日ぶん増えるだけです。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS情動調整力を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 効果量
- 差や関連の「大きさ」を、単位の違う研究どうしでも比べられるようにした共通の物差し。「効果があるか」ではなく「どれくらいか」を表します。
- 相関係数 r
- 2つのものが連動する強さ。−1〜+1で、0は関連なし。一般的な目安では ±.10=弱い、±.30=中くらい、±.50=強い関連とされます。関連があっても、原因と結果の関係とは限りません。
- 効果量 d・g
- 2つのグループの平均の差を、ばらつきの大きさで割った値。一般的な目安では 0.2=小、0.5=中、0.8=大。g は d を小規模研究向けに補正したものです。
- 95%信頼区間
- 推定値の「ばらつきを見込んだ幅」。同じ研究を何度もやり直したら、結果の多くがこの幅に収まると期待できます。幅が0(差なし)をまたぐときは、明確な差とは言い切れません。
- メタ分析
- 同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。

