IN FRIENDSHIP · ISSUE 100

(仮ビジュアル)黒枠の大きな鏡の前に立ち、黒いローブ姿で鏡の中の自分と向き合っている女性。石の台には赤いガラスのカップと黒い本● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

「お人好しは損をする」。処世訓としては、これで完成しています。では人に賭けたとき、実際どれだけ返ってくるのか。1995年の実験は、その賭けを純粋な形で取り出しました。二つの部屋に分けた参加者の全員に10ドルを渡す。A室の人は好きな額をB室の見知らぬ相手へ送れて、送った額は3倍になって届く。B室の人は好きな分を返せる。返さなくてもよい。誰と組んだかは分からず、一回きり。評判も報復もありません。標準的な理論が予測する均衡は、送金ゼロです。

起きたことは違いました。相手のこれまでのふるまいを知らせない「無履歴」条件の32組のうち30組で、A室の人は正の額を送っています。この号が扱うのは信じ方のコツではなく、その賭けがどこまで測られたかのほうです。動いているのはドルで、相手は初対面、やりとりは一回きりです。

関係への信頼基盤(Trust Base)は、人を見抜く力というより、担保のないところで相手にどれだけ賭けるかの設定を指します。この号の実験では、その賭けは比喩ではなく金額そのものです。

もう一つ、1994年の論文の区別を借ります。信頼は相手の善意についての判断、安心は相手が裏切らないと分かる仕組みから来る期待。共通の知人、抜けたら損をする関係——安心の供給源は、相手の人柄とは関係がありません。ただしこの論文で確認できたのは、この区別を導入したというところまで。日米比較の数値には到達できていないため、どちらの国の一般的信頼が高いかは扱いません。

(仮ビジュアル)夕暮れの大きなガラス壁ぎわに、黒い長袖と黒いパンツで裸足のまま立ち、海と岩場のほうへ目を向けている女性。ガラスにその姿が薄く映り込んでいる写真
測られたのは、担保がないところで、いくら送るか。 Visual: ALIFE

では、その賭けはどこまで測られているのか。金額と、人数と、繰り返された回数までです。

0132組のうち30組が、送った。のちに「投資ゲーム」と呼ばれる手続きです。引くのは、相手の履歴を知らせない「無履歴」条件の数値(同じ論文には過去の結果の要約を渡す別条件もあります)。報告されたのは、この条件の32組のうち30組でA室の人が正の額を送ったこと、送られた額の平均は5.16ドル、返された額の平均は4.66ドルだったこと。返された側が小さい値ですが、これは同じ実験の中の二つの平均で、一人ひとりの損得の集計ではありません。

02多く返したのは、28人中11人。同じ論文は、同じ条件で1ドルを超える額を送られたB室の28人の内訳も書いています。12人は0ドルか1ドルしか返さず、同じ28人のうち11人は相手が送った額より多くを返しました(送った側の手元が差し引きで増えた形)。この二つで28人が尽きるわけではありません。ここでの28人は、32組でも30組でもなく、1ドルを超える額を送られた人だけの数です。

03再現は、162件集まった。一回なら偶然かもしれません。2011年のメタ分析は、この投資ゲームの再現162件・参加者のべ2万3,000人超を統合しました。報告は、条件で額が動くこと——送られる額は報酬が抽選制か、相手が模擬的な相手かで、返される額は倍率、両方の役を演じるか、学生かどうかで有意に変わり、アフリカで実施された実験の送金額は北米より少ないという地域差も。162件を統合した結果であって、どの研究でも同じ額が出たという意味ではありません。統合された額の値は扱いません。

(仮ビジュアル)ベージュの空間で、黒い石の細長い天板を、灰青のガラス・銀の金属・赤い漆という3本の異なる脚がそれぞれ支えているコンソールテーブル
無履歴条件の32組・28人の内訳・162件の再現。まず測られたのは、この3つ。 Visual: ALIFE

数字そのものは動きません。動くのは、実験室の外へ運ばれる途中のほうです。手がかりは3つ。

01信じやすさを、鈍さだと読んでいる。「お人好しは損をする」を直接の標的にした実験です。1998年の論文は、ある相手が信頼できる行動をとる確率を、相手の情報がない状態と、否定的な情報を与えたあとで予測させました。情報がないと一般的信頼の高い人のほうが低い人より高く予測し、否定的な情報が入ると高信頼者のほうが急激に下げた——高信頼者は、信頼性の欠如を示す情報により敏感だったと報告されています。ただし測られたのは実験室での確率の予測であって、実際にだまされにくいかどうかではありません。人数や下げ幅の値は扱いません。

02安心を、信頼だと読んでいる。「日本のような社会は、もともと人を信じやすい」。ここで効くのが、さきほどの区別です。どちらの社会にどちらが多いかは、原典で確認できていません。代わりに割合を一つ。世界価値観調査と欧州価値観調査を統合した集計で、「たいていの人は信頼できる」に同意した割合は2022年の値で日本が約34%、米国が約37%、ノルウェーが約72%、ブラジルが約6.5%。一つの設問への回答の割合で、友人の作りやすさを測ったものではありません。4か国を並べただけの数字でもあります。

03上乗せを、計算だと読んでいる。気が進まないとき、それは損得の計算の結果なのか。2004年の実験は、賭けに乗るために要求する最低の成功確率を、金額も確率も同じにして、結果を決めるのが自然(くじ)か相手の人間かで比べました。報告された向きは、相手が人間の場合のほうが高い確率を要求したというもの(著者たちはこれを裏切り回避と呼びます)。確認できたのはこの向きまで。要求された確率の値には到達できていないため、上乗せの大きさは書きません。乗り気になれないのが期待値の判断なのか、この上乗せなのかを分けて考えられる——というのが、この号の読み筋です。

(仮ビジュアル)3つの縦長の区画に分かれた写真。左は薄暗い寝室の乱れた寝具(壁に採光)、中央は窓の外を見ている女性の横顔、右は玄関の床に置かれた上着と鍵
信じやすさを鈍さと読む・安心を信頼と読む・上乗せを計算と読む。 Visual: ALIFE

六つを並べ直すと、この号が言えることの形が見えてきます。

金額を測った研究は、見知らぬ相手と、金銭で、一回きりのやりとりをする場面のものです。友情はそのどれでもありません。だから5.16ドルと4.66ドルという二つの平均を、友情の期待値として持ち込むことはできません。持ち込めるのは形のほう——担保がなくても送る人がいて、多く返した人もいた、という形です——というのが、この号の読み筋です。もともと賭けられる余裕のある人ほど小さく賭けてみられる、という逆向きも排除できません。

担保がないところでも、人は送った。
いくら返るかは、約束されていない。

次の3手も、研究が命じた順番ではありません。小さく賭ければ友人ができる、と確かめた研究を、この号では扱っていません。ここからはALIFEが提案する実践の入口です。賭けた中身と、返ってきたかどうかが並べば足ります。

TRY IT TODAY

  1. 01PICK

    相手を一人決め、小さく渡せるものを一つ選ぶ。まだ話していない予定を先に伝える、断られるかもしれない誘いを出す、ささやかな頼みごとをする——このどれかでよい。

  2. 02SEND

    実行する前に、返ってこなかったときに自分が失うものを一行で書く。書いてから実行する。

  3. 03LOG

    その日のうちに、返ってきたかどうかを書く。返ってこなかった場合も、そのまま残す。

10分。採点はありません。相手を試す課題ではないので、実験のつもりだと伝える必要はありません。**お金の貸し借り、他の人の秘密、相手に負担の大きい頼みごとは、この課題の対象にしません。**返ってこなかったことで相手を問いただすこともしません。書いたものは人目に触れない場所に。書いていてつらくなったら中止し、つらさが続く・強まる場合は、この課題より先に、医療・支援の専門家へ相談してください。

関係への信頼基盤は、人を見抜く力につけられた名前ではありません。確かめられたのは四つ。担保のない一回きりの実験(無履歴条件)で32組のうち30組が正の額を送った。平均は送られた額5.16ドル・返された額4.66ドル。1ドルを超える額を送られた28人のうち、0ドルか1ドルしか返さなかったのが12人、多く返したのが11人。そして実験室では、一般的信頼の高い人ほど否定的な情報で予測を大きく下げた。だまされなくなるとも返ってくるようになるとも、研究は約束していません。——今日残るのは平均ではありません。賭けた中身と、失うものの見積もりと、返ってきたかどうか。記録が一組、増えるだけです。

SECOND LAYER · FULL SYLLABUS関係への信頼基盤を、もっと深く学ぶ。→
HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方

この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。

メタ分析
同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
統計的に有意
「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。

Next in friendship

VIEW ALL
ISSUE 099濃さと重さは、同じ会話に乗っていた。ISSUE 1015.82と5.17は、同じ会話の数字だった。
ALIFE · ISSUE 100

本コンテンツは学習目的であり、診断や治療の代替ではありません。