IN EMPLOYMENT · ISSUE 082
● 12 SEC「強みを毎日使う人は、仕事に没頭する確率が6倍」。強みの話には、決まってこの一文が添えられます。一文のほうは実在します。米国・2014年2月20日付の業務誌記事に、そのままの表現で。ところが同じ記事に、査読論文への参照が1本もありません。根拠は発行元の自社調査だけ。よく添えられる「1.7万人規模」という但し書きも、そこには無い。ページに出てくる標本規模は、別の検証に使われた米国の従業員1,003人のほうです。
公開ページ、尺度の技術報告、査読誌のデータベースを探しても、届きませんでした。「存在しない」とは書きません。一次情報にたどり着けなかった、と書きます。扱うのは、どの診断を受けるかではなく、公開されている数字と、公開されていない数字の並びのほうです。就職活動をしていない人も、読者から外れません。
強み・スキルの把握(Strengths and Skills)は、才能を発見する儀式ではなく、自分に何ができるかの見積もりです。研究の世界では長く「能力の自己評価」として測られ、市場で売られているのは診断のほう。確かめられ方が違います。片方には数十年ぶんの検証の記録が、もう片方には大きな数字と、出どころの空白があります。

では、強みの約束はどこまで公開されているのか。同じ発行元の資料を、出た順に。まず確かめたのは、この3つです。
01「6倍」の一文は、実在した。2014年の業務誌記事に、「強みを毎日使う人は仕事に没頭する確率が6倍」はそのまま載っています。ただし査読論文への参照が1本もありません。根拠は、発行元が数十年続けてきた自社調査。同じページには、4項目すべてに強く同意できた従業員は3%、強みに毎日目を向けるチームの生産性は12.5%高い、という記述も。手続きと分析は公開されていません。「6倍が誤りだ」と書ける材料も、ここにはありません。
02120万人の自社報告にも、参考文献の一覧が無い。同じ発行元は、2016年7月7日付の自社報告でもっと大きな数字を出します。49,495の事業単位、120万人、22組織、7業種、45か国。強みに基づく人材開発について、売上10〜19%増、利益14〜29%増、安全に関する事故22〜59%減(ほかに顧客の関与3〜7%増、関与の高い従業員9〜15%増、離職は低離職の組織で6〜16%減・高離職の組織で26〜72%減)。ただしこれも査読誌ではなく、参考文献の一覧が付いていません。規模と検証可能性は、別の軸です。
03尺度の技術報告には、標本規模まで書いてある。同じ発行元の尺度の技術報告(2023年版)は、かなり細かい。6か月以内に受け直した12,355人で、プロファイル全体の相関は0.73(0なら半年後と無関係、1なら完全に同じ順序)、テーマごとには0.63から0.82。項目のまとまり具合も53,848人ぶん公開され、ω(オメガ)0.62から0.78、α(アルファ)0.61から0.77——1に近いほど同じものを測っています。これも発行元自身の技術報告。0.73が示すのは同じ人が受け直せば近い結果が出ることであって、その結果で何かが良くなることではありません。

ここから先で、話はよく別のものへ入れ替わります。手がかりは3つ。
01レビューを、メタ分析と呼んでいる。2018年の論文は、2011年から2016年に公表された強みへの介入研究から、18本の(準)実験を集めました。ただしこれはメタ分析ではありません。副題どおりの文献レビューで、統合された効果量は計算されていない。結果は幸福・仕事上の成果・個人的成長への意欲・集団の成果について、叙述的にまとめられています。それでも「メタ分析によれば有効」の形で引かれる。見分け方は、統合された数字が1つ載っているかどうか。
02査読されていれば、確かめられると思っている。書誌の上では、強みへの介入を集めたメタ分析が2019年に査読誌へ出ています。ところが本号は、全文にも抄録にもたどり着けませんでした。だから、報告されている効果量の値を使いません。「6倍」にやったことを、査読論文にも同じようにやるだけです。査読を経ていることと、読み手が中身を確かめられることは別の話。言えるのは「2019年に出ている」という書誌までです。
03自己評価そのものを、当てにならないと決めている。「強みは自分には見えない、他人に聞くしかない」。その材料が1982年の研究です。能力の自己評価と実際の成績を比べた55研究のレビューとメタ分析が、平均の相関 r = .29 を報告しました(0なら関連なし。一般的な目安の ±.30「中くらい」の手前)。ばらつき(標準偏差)は .25 と大きい。ただし先があります。その多くは9つの測定条件で説明できました(重相関 R = .64。0なら条件では説明できません)。効いたのは4つ——あとで実際の指標と照合されると予期していること、自己評価の経験、匿名の保証、他人と比べるという教示。「当てにならない」ではなく、条件しだいで当たるという報告です。

六つを並べ直すと、非対称が出ます。効果の主張「6倍」には出どころの記載がなく、120万人の自社報告にも参考文献の一覧がありません。一方、尺度の再テスト相関には12,355人という標本規模まで添えてある。確かめやすい数字ほど詳しく公開され、確かめにくい数字ほど大きく出回る——というのが、この号の読み筋です。0.73が示すのは、また同じ結果が出ることまで。売られているのは、たいてい前者です。
全文まで読めたのは6点のうち3点。2点は抄録の範囲まで、1点は抄録にも届いていません。読めていないものについては書きません。うち3点は発行元自身の公開資料。査読誌の側は1982年までの55研究のレビューとメタ分析と、2011〜2016年の18本の文献レビューです。対象は米国と欧州の、働いている人か大学生に偏り、日本の労働市場を扱った査読研究はごく少ない。選択肢の多い人ほどこうした方法を試せる、という逆向きも排除できません。
確かめやすい数字ほど、詳しく公開されている。
——というのが、この号の読み筋。
だから次の3手も、研究が命じた順番ではありません。出来事で記録すれば自分の強みが正確に分かる、と確かめた研究を、この号では扱っていません。言えるのは、精度が上がる条件のうち二つ——あとで照合されると予期して書くことと、書いた経験を重ねること——が自分の手元で作れる、というところまで。そこから先はALIFEが提案する実践の入口。3件、書ければ足ります。
TRY IT TODAY
- 01LIST
直近1年で人から頼まれた仕事を3つ。誰から・いつごろ・何を、を1行ずつ書く。
- 02MARK
そのうち、自分から名乗り出たものにチェックを付ける。頼まれただけのものには付けない。
- 03KEEP
判定を他人に聞きに行かない。今日は自分の記憶だけで書いて、そのまま置いておく。
強みの把握は、診断結果の名前ではありません。確かめられたのは四つ。「6倍」は2014年の業務誌記事に実在するのに、査読論文の引用も「1.7万人」の記載も無かったこと。49,495事業単位・120万人の自社報告にも参考文献の一覧が無かったこと。尺度の技術報告にだけ、6か月以内の再テスト12,355人と相関0.73が載っていたこと。自己評価の平均は r = .29 で、精度が測り方の条件で動いたこと。強みが分かれば成果が出るとも、診断が当たるとも、ここまでの資料は示していません。——今日残るのは、誰から・いつ・何を頼まれたかの3行と、名乗り出た印。突き合わせられる記録が増えるだけ。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS強み・スキルの把握を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 効果量
- 差や関連の「大きさ」を、単位の違う研究どうしでも比べられるようにした共通の物差し。「効果があるか」ではなく「どれくらいか」を表します。
- 相関係数 r
- 2つのものが連動する強さ。−1〜+1で、0は関連なし。一般的な目安では ±.10=弱い、±.30=中くらい、±.50=強い関連とされます。関連があっても、原因と結果の関係とは限りません。
- メタ分析
- 同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
- 標準偏差
- ばらつきの大きさを表す値。大きいほど、人によって結果がばらばらだったことを意味します。
