IN STUDIES · ISSUE 059
● 12 SEC「難しい科目を学べば、その中身とは関係なく思考力そのものが鍛えられる」。時間割を決める理由として、長く使われてきた一文です。2013年の縦断研究が、これを実際に測っています。英国5校の124人を、課程の開始時と1年後の2回。数学を含む課程を選んだ側は、開始時点ですでに推論課題の成績が高く、1年で動いたのも数学側だけでした。
この号が扱うのはそこから先だけです。学んだことを、学んだ場所の外で使えたかどうか。応用力の伸ばし方も、頭のよさの見分け方も配りません。「持ち出せた」という判定が、どこに線を引いたときに出たものなのか——それだけを見ます。いま学校に通っていない人も、読者から外れません。
転移能力(Transfer)とは、学んだことを、学んだ場所の外で使えることを指します。ただし実際に数えられているのは、その力そのものではなく、別の課題での成績です。どこまで離れたら持ち出せたとみなすか、その線は一つに決まっていません。手前に引けば転移は頻繁に起き、奥に引けばほとんど起きない——同じデータが両方の結論を支えうる、というのが、この号の読み筋です。

その線は、100年以上前から引き直されてきました。まず測られたのは、この3本です。
01波及は、同じ要素のあるところに限られた。1901年の実験は、10平方センチから100平方センチの長方形で面積の目測を練習させ、同じ範囲の三角形・円・不規則な図形で測り直しました。ある一つの働きが上達しても、他の働きが同じだけ上達することはめったにない。波及は同一の要素が関わるところに限られ、面積の目測自体、形や大きさごとに別物になる働きの集まりだ、と。訓練が無駄という話ではなく、範囲を名前ではなく要素で数え直せ、と。図形の目測に限った、100年以上前の結果です。
02数学の側で低かったのは、無効な推論の支持率だけ。2008年の研究は、上級の数学を学ぶ学生と、同程度に教育を受けた人文系の学生に、抽象的な条件文から引き出す推論を答えさせました。差は片側だけです。数学の側は無効な推論を支持する率が低かった一方、有効な推論が増えたわけではなく、単純な関係は無いと結ばれます。翌年の続報は、この差を一般的な知能では説明できないとし、大学での学習が作ったという単純な形も支持しません。残る候補は、大学より前の効果か、考え方の傾向によるふるい分けか。横断の比較で、由来は決められません。
03英国の124人では、開始時点ですでに差があった。2013年の縦断研究は、英国5校の124人(数学を含む課程77人・英文学47人、15歳4か月から17歳8か月)を開始時と1年後に測りました。両時点に参加したのは44人と38人。開始時点で数学側がすでに高い——t(79)=3.38, p=.001、直感を抑える課題で t(79)=4.79, p<.001。1年で動いたのは数学側だけ(文学側は変化が検出されず p=.767。無いと確かめられたのとは違います)。動いた向きは論理学の標準への接近ではなく、日常的な読み方への傾き(d=0.88)。著者自身が、数学を選んだ人にだけ当てはまる可能性が残ると書いています。選んだ人を追う観察で、学習が差を作ったとは決められません。

ここから先で、話はよく別のものへ入れ替わります。手がかりは3つ。
01科目の名前で、範囲を数えている。1901年の結論は、波及が同一の要素の関わるところに限られる、というものでした。にもかかわらず訓練の範囲は、いまも「数学」「語学」といった科目の名前で数えられがちです。名前で引いた輪と、要素で引いた輪は一致しません。名前で数えるかぎり、範囲は過大に見積もられます。図形の目測の実験にもとづく整理で、あらゆる科目でこの通りだと確かめられてはいません。
02選抜を、効果として読んでいる。難しい課程を選んだ人の成績には、選ぶ前からの差が混ざっています。英国5校124人の縦断も、開始時点ですでに数学側が高いところから始まりました。2009年の続報が残した候補の一つも、考え方の傾向によるふるい分けです。ただし確かめられてはいません。大学より前の段階での効果という候補が同時に残り、どちらかに決めた研究を、この号は見ていません。結論は、まだ方法と設計に依存する段階です。
03事例の数を、持ち出せる量として読んでいる。2008年にはもう一つ、米国の大学生に同じ数学の構造を抽象的な記号だけで教えるか具体的な事例で教えるかを変えた実験があり、転移テストで偶然の水準を上回ったのは記号で学んだ群だけだったと報告されています(原典の全文が未確認のため、数値は引かず向きだけを書きます)。もう一つは、米国の小学2年生から4年生87人に「条件を1つずつだけ変えて比べる」手続きを言葉にして教えたもの。使用率は訓練前34%から直後65%、別の課題での転移場面で61%と64%。約7か月後の事後テスト55人では、4年生は訓練側79%対統制側15%。ただし3年生は40%対22%で、明確な差とは言えません。学年で違うので、児童全般や大人へは広げられません。

三つを並べます。1901年の実験では、波及は同一の要素のあるところに限られた。上級の数学を学ぶ学生の比較では、差は無効な推論の支持率という片側だけに出て、一般的な知能では説明できず、大学での学習が作ったという形も支持されなかった。英国5校の124人では、開始時点ですでに差があり、1年で動いた向きは、論理学の標準とされる読み方への接近ではなかった。
ここで、測り方そのものを問題にした論考があります。1999年のその論考は、従来の転移研究が参加者を隔離して解かせ、資料も人に聞くことも試して直すことも許していないと指摘しました。この測り方なら、転移はまれに見えます。提案は、判定を「その場で解けるか」から「次に学ぶときに有利になるか」へ動かすことです。ただしこれは効果の証拠ではなく、線の引き直しの提案です。対象は英国と米国の高校生・大学生と米国の児童に偏り、働きながら学ぶ大人の研究は読めた範囲にごく少なく、追跡もおおむね1年以内です。
1年で動いたのは、数学を選んだ側だけ。
ただし群の差は、開始時点からあった。
だから、学んだことが出てこなかった日を、理解の浅さとして数える必要はありません。次の3手も研究が命じた順番ではなく、持ち出せた例に共通していたのが「手続きが言葉にして渡されていたこと」だった、という読みからの入口です。
TRY IT TODAY
- 01PICK
この1か月で学んだことを1件だけ、1行で書く。仕事で覚えた手順でもよい。
- 02USED
「実際に使えた場面」を1行。思い出せなければ空欄でよい。
- 03MISSED
「使えそうだったのに、出てこなかった場面」を1行。
転移能力は、頭のよさの証明書ではありません。「持ち出せた」という言葉が、どこに線を引いたときに出た判定なのかを見分ける話です。1901年の実験では、波及は同一の要素のあるところに限られた。英国5校の124人では、差は始める前からあった。米国の87人では、手続きを言葉にして渡すと別の課題でも使われましたが、持続は学年で違いました。1999年の論考は判定の線を動かす提案で、効果が示されたわけではありません。今日埋まるのは、学んだこと1行と、二つの欄だけです。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS転移能力を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 効果量 d・g
- 2つのグループの平均の差を、ばらつきの大きさで割った値。一般的な目安では 0.2=小、0.5=中、0.8=大。g は d を小規模研究向けに補正したものです。
- 観察研究・前向き研究
- 介入せずに経過を追いかける研究。「関連がある」までは言えますが、「それが原因だ」とは言い切れません。
- p値
- 差がないと仮定したとき、偶然でこの結果以上が出る確率の目安。小さいほど偶然では説明しにくいことを表しますが、効果の大きさは表しません。

