IN STUDIES · ISSUE 052
● 12 SEC「スマートフォンは、使っていなくても、手元にあるだけで認知資源を奪う」。学習の資料でも研修でも、これほど手早く指示に変わった一文はありません。出どころは、米国で2017年に報告された2つの実験です。第1の実験は大学生520人を、机の上・鞄かポケットの中・別の部屋の三条件に割り付けました。置き場所の主効果は、確かに有意でした。
ただし報告された効果の大きさは、成績のばらつきの1.4%と1.5%にあたります。この号が扱うのはそこから先だけ——この一文が、どこまで測られたのか。集中しにくさを兆候として読むことも、机を片づける手順を配ることもしません。
注意制御(Attention Control)とは、同じ時間に届くいくつもの合図のうち、どれに向けてどれを弱くしておくかという配分の働きのこと。集中とは、何かを見つめている状態というより、見つめていないものを押さえ込んでいる状態に近い——というのが、この号の読み筋です。実験室で数えやすいのはその一部——課題を切り替えた直後に反応が遅れること(切り替えの費用)と、手元の道具の置き場所と課題成績との関連が、繰り返し測られてきました。

では、置き場所のほうはどこまで測られたのか。まず測られたのは、この3つです。
01有意だった。そして小さかった。2017年の研究は、米国の大学生520人を三条件に割り付け、覚えながら計算する課題と図形の規則を見つける課題を課しました。置き場所の主効果は有意で、机の上の群ほど成績が低い向き。ただし偏イータ2乗は計算課題 0.014、図形課題 0.015=成績のばらつきの1.4%と1.5%です。第2の実験(275人)の 0.026 は主効果ではなく、置き場所とスマートフォン依存の度合いとの交互作用の値。誰にでも同じだけ起きる数字ではありません。
02事前登録した直接の追試では、差が出なかった。カナダで2022年に報告された研究は、2017年の第2実験を、手順を事前に登録したうえで直接なぞりました。結果は再現せず、覚えながら計算する課題でも反応を抑える課題でも、置き場所の条件のあいだに明確な差とは言えませんでした。著者たちは、手元にあるだけでは認知の成績を変えるのに足りないかもしれない、と書きます。ただし差が出ないことは、効果が無いと確かめられたことと同じではありません。
03集計すると、小さく、ばらつきながら残った。2023年のメタ分析は22件から43の効果量を集め、全体で g = −0.14(95%信頼区間 −0.24〜−0.03)。有意ですが小さく、研究間のばらつきは大きい(I2 = 61.84)——統合値は、個々の結果が一様だという意味ではありません。2024年の系統的レビューは「単に手元にあるだけ」に絞り、56件・7,093人で六つの認知機能を集計。有意に残ったのは覚えながら作業する能力の一つだけで、残る五つは明確な差とは言えず。著者は、方法のばらつきと総じて低い検出力ゆえ、支持にも反証にも文献が足りないと書きます。

ここから先で、数字はよく別のものへ入れ替わります。手がかりは3つ。
01有意を、大きいと読み替えている。有意であることと、大きいことは別です。520人の実験で主効果が有意だったことも、その大きさがばらつきの1.4%と1.5%だったことも、どちらも正しい。片方だけを持ち出すと、「奪う」の語感と数字が釣り合わなくなります。第2実験の 0.026 を「置き場所の効果」として引くのも同じずれ。どちらも米国の大学生・実験室の課題での話で、働きながら学ぶ大人の試験や仕事の成績を測ったものではありません。
021本の結果を、全体像として配っている。同じ形は一度起きています。2009年の研究は、複数のメディアを同時に使う度合いの質問票に答えた262人から上位群と下位群を取り出し、各実験は数十人規模で比較。同時使用の多い群は干渉を受けやすく、切り替えの費用の差は167ミリ秒——以後10年以上引かれ続けます。2017年に2度追試した論文では、14の検定・平均的な検出力0.81のうち有意は5つ、保守的なベイズの分析で残ったのは2つ。同じ論文が集めた39の効果量の集計も、小標本への偏りを補正すると、同時使用と注意の逸れやすさの関連は有意でなくなりました。壊れたのは元の実験ではなく、1本を全体像として配ったほうだ、という読み筋です。
03記録しやすいほうを、目標にしている。「置いた/置かなかった」は記録しやすく、「何に注意が持っていかれたか」は記録しにくい。記録しやすいほうが目標になると、測っているものと直したいものがずれます。効果の大きさがばらつきの1.4%であるような相手に週の目標を立てることを支持した研究は、ここまでにありません。ここまでの数字はほぼすべて欧米の大学生・実験室の課題で、日本の社会人を対象にした追試は、この主題では見あたりませんでした。

三つを並べると、この号が言えることの形が見えます。置き場所と成績の関連は、520人の実験では有意でも小さく、事前登録つきの直接追試では明確な差が出ず、二つの集計では小さいまま、ばらつきながら残りました。数字は、測り直すたびに縮んでいきました。
一方で2003年の課題切り替えの総説は、切り替えた直後の遅れは、次に何が来るか分かっていて準備の時間を与えられても消えない、と述べています(ミリ秒の具体値は原典の全文で確かめられていないため、向きだけを引きます)。だとすれば手をつけやすいのは、費用の大きさではなく費用を払う回数のほう——研究が命じた順番ではなく、この号の読み筋です。
有意であることと、大きいことは別。
数字は、測り直すたびに縮んでいった。
だから、机の上を片づけられなかった日を失敗として数える必要はありません。置き場所を守れたかは、ここまでの3本が支持した目標ではありません。次の3手も、研究結果ではなく、回数を数える側からALIFEが提案する入口です。
TRY IT TODAY
- 01PICK
今日、勉強か作業をする1時間を、1回ぶんだけ選ぶ。
- 02LIST
終わったら、机の上と画面に出ていたものを書き出して数える。
- 03MARK
その1時間に実際に必要だったものへ印を付け、件数を数える。
注意制御は、集中力の強さを鍛える話ではありません。同じ時間に届く合図をどう配分するか、その配分にどんな数字がついてきたかを見分ける話です。手元にあるだけで認知資源が奪われるという一文は、520人の実験では有意でも大きさはばらつきの1.4%と1.5%、直接の追試では明確な差が出ず、集計では小さいまま残りました。数字はほぼすべて欧米の大学生・実験室の課題です。
——今日数えられるのは統合値ではなく、出ていたものが何件で、そのうち必要だったものが何件だったか。その二つだけです。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS注意制御を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 効果量
- 差や関連の「大きさ」を、単位の違う研究どうしでも比べられるようにした共通の物差し。「効果があるか」ではなく「どれくらいか」を表します。
- 効果量 d・g
- 2つのグループの平均の差を、ばらつきの大きさで割った値。一般的な目安では 0.2=小、0.5=中、0.8=大。g は d を小規模研究向けに補正したものです。
- 95%信頼区間
- 推定値の「ばらつきを見込んだ幅」。同じ研究を何度もやり直したら、結果の多くがこの幅に収まると期待できます。幅が0(差なし)をまたぐときは、明確な差とは言い切れません。
- メタ分析
- 同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
- 系統的レビュー
- あらかじめ決めた基準で研究をもれなく集めて整理する方法。数値の統合(メタ分析)まで行わないこともあります。
- 統計的に有意
- 「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。

