IN STUDIES · ISSUE 053

(仮ビジュアル)暗い寝室で、白い枕に頬をつけて目を閉じ、白い掛け布団にくるまって眠っている女性を横から写した写真● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

「作業記憶は、鍛えれば広がる」。広告でも研修でも、これほど売りやすい約束はありません。2016年に公表されたメタ分析は、対照群をもつ訓練研究87本から145の実験的比較を集めました。能動的な対照群と比べて伸びたのは、訓練した課題の近所まででした。

この号が扱うのはそこから先です。頭の中の作業台の広さが、どこまで測られ、どこから先は測られていないのか。記憶力の鍛え方は配りません。いちばん有名な数字——「一度に7つ」——が原典に何と書かれていたかも確かめます。

作業記憶(Working Memory)とは、情報を置いたまま操作するための置き場のこと。暗算の繰り上がりを覚えたまま次の桁へ進む、あの場所です。1974年に英国で発表された章は、ここを単一の箱とみなさず、音の情報を保つ部分と、注意を配る部分とを分けて記述しました(形や位置を保つ部分は、この章では実験の対象ではなく別の論文への言及)。「保持しながら操作する」という切り出し方は、以後も残りました。

(仮ビジュアル)夕暮れの大きなガラス壁ぎわに、黒い長袖と黒いパンツで裸足のまま立ち、海と岩場のほうへ目を向けている女性。ガラスにその姿が薄く映り込んでいる写真
置いたまま、操作する。倉庫の広さではなく、いま同時に載っている量の話。 Visual: ALIFE

この置き場は、訓練で広げられるのか。まず測られたのは、この3本です。

0187本の集計。近所は動き、遠くは0をまたいだ。2016年に公表されたメタ分析は、事前事後の測定と対照群をもつ訓練研究から87本の公表研究・145の実験的比較を取り出しました。証拠として認めるのは、別の課題を同じだけこなした群(能動的な対照群)を置いた比較だけ。その条件で伸びたのは訓練した課題の近所——言語性の記憶課題 g = 0.31(95%信頼区間 0.19〜0.42)、視空間性 0.28(0.16〜0.40)。離れたアウトカムは、非言語的な能力 0.05(−0.02〜0.13)、言語能力 0.05(−0.07〜0.17)、単語の解読 0.08(−0.09〜0.24)、算数 0.06(−0.08〜0.19)で、いずれも信頼区間が0をまたぎます。またがないのは読解の 0.15(0.03〜0.27)だけで、そこも著者は慎重です。統合値は、個々の研究結果が一様だという意味ではありません。

0273人・20回の試験でも、波及は出なかった。2013年の無作為化試験は、若い成人を、記憶課題の訓練群・同じ回数を別の課題でこなす能動的な対照群・何もしない群に割り付けました。1回30〜40分の課題を20回。完了は73人(順に24人・29人・20人)。訓練した課題は伸びたいっぽう、認知能力の検査への波及は、どれにも出ませんでした——検出力を高くとった設計にもかかわらず、です。ただし73人・欧米の若い成人・実験室の課題という範囲の結果で、差が検出されないことは、効果が無いと確かめられたことと同じではありません。

03企業の根拠132本と、11,430人の検証。2016年のレビューは、脳トレ企業が根拠に挙げた介入研究132本を、無作為化・適切な能動的対照群・盲検・期待の測定・事前登録といった条件で読み直しました。訓練した課題が伸びる証拠は豊富、近い課題への証拠は少なく、離れた課題や日常の認知が良くなる証拠はほとんど無い。条件をすべて満たした論文は1本もありません。2010年の英国の検証も同じ向きです。11,430人が6週間(1回10分以上・週3回以上・平均24.47回)続け、訓練したすべての課題で成績は上がったいっぽう、訓練していない課題への波及は、認知的に近い課題にさえ認められませんでした。オンラインで自ら参加を選んだ人たちの検証で、やめた人のデータは残りません。

(仮ビジュアル)ベージュの壁の前で、黒い石の細い天板を、青いガラス・銀の金属・赤い漆という三つの異なる脚がそれぞれ支えている彫刻的なコンソールテーブル
87本・145比較の集計、73人の無作為化試験、企業の根拠132本の点検と11,430人の検証。まず測られたのは、この3本。 Visual: ALIFE

ここから先で、数字はよく別のものへ入れ替わります。手がかりは3つ。

01「7つ」を、定数として配っている。広さの目安としていちばん引かれるのが7±2。1956年に米国で発表された原典は二つの別々の話を並べ、著者ははっきり書いています——絶対判断の幅は情報量に、即時記憶の幅は項目数に制限される。しかも即時記憶の数は材料で動く。同じ論文に、10進数字ならおよそ7個、無作為に選んだ英単語なら2、3個しか保てないはずだ、という計算があります。著者は、7が二つの話で一致したことを「たちの悪い、ピタゴラス的な偶然にすぎないのではないか」と疑うと述べました。2001年の再検討は、唱え直しと、長期記憶による束ね直しを封じて測り直し、中心はおよそ4つの塊だと結論しています。人が劣化したのではなく、数え方の話です。

02何もしない群と比べた値を、そのまま配っている。比べる相手が、何もしない群か、別の課題を同じだけこなした群かで、数字の大きさは変わります。前者では、課題への慣れ・期待・やる気までまとめて効果に化ける。2016年の集計が離れたアウトカムでおおむね0の近くを報告したのは、能動的な対照群を置いた比較に限った条件でのことでした。広告が引く数字がどちらから来たかは、たいてい書かれていません。もうひとつ、ここまでの数字はほとんどが欧米の大学生と、学校に通う児童・生徒を対象に、短い期間で採られたものです。働きながら学んでいる大人を対象にした研究は、ごく少ない。実験室の課題と、試験や仕事の課題は別物です。

03相関 r と効果量 g を、同じ物差しで並べている。教育や研修の資料でよく見る数字があります。「作業記憶容量と学業成績の相関は、およそ 0.60」。何と何の相関か、出どころは書かれていません。近いところの集計はあります。2018年のメタ分析は、読みと作業記憶の関連について197本の研究・2,026の効果量を集計し、全体の相関を r = .29(95%信頼区間 .27〜.31)と報告しています(原典は抄録までの確認のため、報告の帰属にとどめます)。区別することが二つ。相関係数 r と効果量 g は別の指標で、同じ表に並べて比べられません。そして相関は「一緒に動く」であって「動かす」ではない。どちらも制限時間つきで言葉と数字を扱います。

(仮ビジュアル)縦3枚に切り分けられた場面が並ぶ写真。左は寝具が乱れたままの暗いベッド、中央は窓辺で外を見ている女性の横顔、右は玄関の床に置かれた上着と鍵
7つを定数として配る・何もしない群と比べた値を配る・r と g を同じ物差しで並べる。 Visual: ALIFE

言えることの形は、こうです。訓練した課題は伸びる。その近所の記憶課題も、能動的な対照群と比べて g = 0.31 と 0.28 動いた。いっぽう離れた能力への波及は、読解の 0.15 を除いて、3本のどれでも確認されませんでした。「効かない」ではなく、「訓練した課題の近所までは動いた」です。その外側を広告は売っている、というのがこの号の読み筋です。塊の数は変えにくくても、1つの塊に何を入れるかは変えられます——ただしそこは、3本が効果を測った対象ではありません。

7という数字には、材料と条件がついていた。
引用のたびに先に落ちたのは、条件のほうだった。

だから、覚えられなかった日を能力の証拠として数える必要はありません。次の3手も研究が命じた順番ではなく、いま台の上に何が載っているかを数える側から、ALIFEが提案する入口です。

TRY IT TODAY

  1. 01PICK

    今日覚えようとしている項目を、1つだけ選ぶ。

  2. 02CLOSE

    資料を閉じて思い出せたものを書き出し、個数を数える。

  3. 03OPEN

    資料を開いて、見ながらなら書ける個数を数え、2つを並べる。

記録するのは二つの数字だけ。**採点はありません。**少ないことを問題として扱う必要もありません。学校に通っていない人は、今日読んだ業務文書の要点に置き換えても。書いた紙は、他の人の目に触れない場所へ。数えていて落ち着かなくなったら、そこで中止してください。もの忘れや集中しにくさが続く・強まる、生活に支障が出ている場合は、この課題より先に医療・支援の専門家へ相談してください。

作業記憶は、鍛えれば広がる筋肉ではありません。いま同時に載せていられる量と、そこについてきた数字を見分ける話です。1956年の原典にあった但し書き——数は材料で動くこと、著者自身が7の一致を偶然ではないかと疑っていたこと——は削り落とされ、数字だけが残りました。2001年に測り直されておよそ4になったあとも、資料で見かけるのはたいてい7です。——今日数えられるのは統合値ではありません。閉じて何個、開いて何個。その二つだけです。

SECOND LAYER · FULL SYLLABUS作業記憶を、もっと深く学ぶ。→
HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方

この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。

効果量
差や関連の「大きさ」を、単位の違う研究どうしでも比べられるようにした共通の物差し。「効果があるか」ではなく「どれくらいか」を表します。
相関係数 r
2つのものが連動する強さ。−1〜+1で、0は関連なし。一般的な目安では ±.10=弱い、±.30=中くらい、±.50=強い関連とされます。関連があっても、原因と結果の関係とは限りません。
効果量 d・g
2つのグループの平均の差を、ばらつきの大きさで割った値。一般的な目安では 0.2=小、0.5=中、0.8=大。g は d を小規模研究向けに補正したものです。
95%信頼区間
推定値の「ばらつきを見込んだ幅」。同じ研究を何度もやり直したら、結果の多くがこの幅に収まると期待できます。幅が0(差なし)をまたぐときは、明確な差とは言い切れません。
メタ分析
同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
無作為化比較試験
くじ引きの要領で「介入を受ける群」と「受けない群」に分けて比べる実験。「効いたかどうか」を言うための標準的な設計です。

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本コンテンツは学習目的であり、診断や治療の代替ではありません。