IN BODY · ISSUE 021
● 12 SEC抗炎症と名のついた食べもの、サプリメント、生活習慣。どれも「体の中でくすぶる火を下げる」という、よくできた絵の上に乗っています。ただ、この絵の下にあるはずの床が、まだ張られていません。
ぶつけたところが赤く腫れるのは、壊れた場所に人手と資材が届いているからです。困るのは火が点くことではなく、火が消えないこと。そして、その「消えていない」を測る標準の物差しは、いまのところ決まっていません。
炎症制御(Inflammation Control)は、体の火加減をめぐる話です。2008年に Nature へ出た総説は、感染と組織の損傷を古典的な引き金とする急性炎症を、白血球と血漿タンパクを壊れた場所へ動員する適応的な反応として整理しました。同じ総説は、これとは別に、感染も損傷も見当たらないのに立ち上がる弱く長い反応があり、現代の慢性の病気に結びついていると論じています。

比喩としてよくできています。よくできているので、そのまま売り文句にもなりました。では、研究に降りるとどうなるか。3つに分かれます。
01慢性炎症には、標準の指標がまだない。2019年に Nature Medicine へ出た総説は、全身の慢性炎症について、健康を損なう慢性炎症が存在することを示すための標準的な指標は、現在のところ存在しないと書いています。急性炎症の指標を組み合わせるだけでは足りず、それを超える指標が切実に必要だ、とも。何日続いたら慢性なのか、どの値を超えたら該当するのか——線引きが決まっていません。
02この試験では、明確な差とは言えなかった。2019年に New England Journal of Medicine へ出たVITAL試験は、米国の50歳以上の男性と55歳以上の女性、合計2万5,871人を無作為に割り付け、追跡期間の中央値5.3年で追いました。主要な心血管イベントはオメガ3脂肪酸の群で386件、そうでない群で419件(ハザード比0.92、95%信頼区間0.80〜1.06)。浸潤性のがんの診断は820件と797件(1.03、0.93〜1.13)。どちらも信頼区間が1をまたぎ、明確な差とは言えませんでした。心血管イベントはオメガ3の群が33件少なく、がんの診断は23件多い——どちらも5.3年・2万5,871人ぶんの差です。
03この86試験では、中性脂肪だけが動いた。無作為化試験86件・16万2,796人(試験期間12か月〜88か月)をまとめた2020年の系統的レビューは、長鎖のオメガ3脂肪酸を増やしても、あらゆる原因による死亡(リスク比0.97)にも心血管系のイベント(0.96)にも「ほとんど、あるいはまったく効果が無い」と結論し、証拠の確実性は高いと評価しました。いっぽう中性脂肪はおよそ15%下がっています。検査の数字が動くことと、身に起きる出来事が減ることは別——というのが、この号の読み筋です。

自分がいま、測れるものを見ているのか。日常の中に、手がかりがあります。
01体感を、証拠にしている。飲みはじめて調子がよくなった、という報告は、たいてい正直な報告です。ただし体の中は自分では見えず、見えないものについての説明は後から作られます。体感は、効いたかどうかの証拠には使えません。
02代理の数字を、出来事と取り違えている。炎症の数字といえばCRPですが、2003年の総説によれば、単回の刺激からおよそ6時間で 5 mg/L を超え、48時間あたりで頂点に達し、上がり幅は最大でおよそ1万倍。上げるものは感染・けが・手術・組織の壊死・炎症性の病気・悪性腫瘍と幅広く、値だけでは診断にならず、他のすべての臨床所見と併せてしか読めません。
03下がった数字を、減った出来事と数えている。検査の数字が下がると、病気も遠のいたように感じられます。けれど2011年に BMJ へ出た国際共同研究は、15か国・47研究の19万4,418人(うち心疾患4万6,557人)で2通りに測りました。ふつうに観察すると、CRPが1標準偏差ぶん高い人の心疾患のリスク比は1.33(1.23〜1.43)。生まれつき同じだけ高くなる遺伝的な違いを持つ人では1.00(0.90〜1.13)。論文は、CRPの濃度そのものは心疾患のささやかな原因ですらないと考えられる、と結論しています。

同じ19万4,418人を、観察と遺伝の2通りで測る。それだけで、1.33が1.00になりました。CRPは火事を映す掲示板であって、火そのものではなかった——というのが、この号の読み筋です。掲示板の数字を下げることと、火を消すことは、別の作業になります。
下げると宣言することはできても、
下がったと確かめる物差しが、まだない。
標本の偏りも断っておきます。ここまでの数字は、欧米の中年以上を対象にした観察研究と、期間の限られた無作為化試験から採られたものです。観察のほうの関連には、健康な人ほどそうした習慣や環境を選べるという逆向きも残ります。日本人を対象にした追試はほとんど見当たりません。妊娠中の人・子ども・持病のある人・薬を飲んでいる人に、そのまま当てはめることはできません。
TRY IT TODAY
- 01RECALL
直近1か月で「なんとなく調子が悪い」と感じた日を1日。
- 02WRITE
その日に自分が原因だと考えたものを、1行だけ書く。
- 03SOURCE
その原因を何をもとに決めたかを、もう1行だけ添える。
「炎症」という語は、ちょうどよい位置にあります。医学の語彙なので科学の匂いがして、しかし何をもって慢性というかが決まっていないので、何にでも掛かる。定義の空白の上を、売り文句だけが先に進んできたように見えます。数字が下がったかを気にする前に、その数字が何を映しているのかを見る。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS炎症制御を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 95%信頼区間
- 推定値の「ばらつきを見込んだ幅」。同じ研究を何度もやり直したら、結果の多くがこの幅に収まると期待できます。幅が0(差なし)をまたぐときは、明確な差とは言い切れません。
- 系統的レビュー
- あらかじめ決めた基準で研究をもれなく集めて整理する方法。数値の統合(メタ分析)まで行わないこともあります。
- 無作為化比較試験
- くじ引きの要領で「介入を受ける群」と「受けない群」に分けて比べる実験。「効いたかどうか」を言うための標準的な設計です。
- 観察研究・前向き研究
- 介入せずに経過を追いかける研究。「関連がある」までは言えますが、「それが原因だ」とは言い切れません。
- ハザード比
- 追跡期間の中で出来事が起こる「速さ」の比。1なら差なし。例えば0.8なら、その期間に起こる勢いが2割低かったことを表します。
- 中央値
- 全員を並べたときの、ちょうど真ん中の人の値。平均と違って、極端な値に引っ張られません。
- 標準偏差
- ばらつきの大きさを表す値。大きいほど、人によって結果がばらばらだったことを意味します。

