IN BODY · ISSUE 020

青い時刻の階段で手すりに手を添え、すり減った石段を見下ろす女性● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

1日1万歩。健康の目標として、たぶんいちばん有名な数字です。これが研究から出てきた基準だと思っているなら、出どころは別のところにあります。

1965年、日本で「1万歩を数える計器」という意味の名前をつけた歩数計が発売されました。商品の名前です。研究のほうは、そのあとから追いつきました——そして追いついた結果は、1万歩という区切りを支持していません。

運動(Exercise)は、ここでは「どれだけ体を動かすか」という量の問題として扱います。出発点は、動かさないほうから見るとよく分かります。2013年に The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism へ出た実験は、健康な若い男性12人(24±1歳)の片脚を14日間ギプスで固定しました。固定した側の大腿四頭筋は、断面積が 8.4%±2.8%、筋力が 22.9%±2.6% 低下しています。ただしこれはギプスによる完全な固定であり、若い男性12人という小さな標本の結果です。日常の活動が減ることと同じではありません。

外径も高さも同じ2本の黒い石柱。上端の切り口だけが、中身の詰まった側と薄い空洞の側に分かれている
14日間の固定で、断面積より筋力のほうが大きく落ちた。若い男性12人・完全固定の実験。 Visual: ALIFE

では、どれだけ動けばいいのか。ここで1万歩が出てきます。歩数と死亡率を測った観察研究は2010年代からいくつも出ていて、そこで見えたことに、この数字の出どころを足すと、3つに分かれます。観察研究はいずれも、歩数を割り付けた実験ではありません。

01出どころは、査読論文ではない。2004年に Sports Medicine へ出た総説は、1日1万歩という値が「日本の歩く会と、30年以上前の商売の売り文句にさかのぼれる」と明記しています。同じ総説は、日本では1965年に「1万歩を数える計器」という意味の名前をつけた歩数計が発売されたとも記しました。2022年のメタ分析も冒頭で、1万歩は広く宣伝されているがこの推奨を支持する証拠はほとんどないと書いています。

02この追跡では、最初の区間の差がいちばん大きかった。米国の高齢女性16,741人(平均72.0±5.7歳・平均1日5,499歩)を平均4.3年追跡し、死亡は504件。最も少ない群(平均2,718歩)に対して、平均4,363歩の群のハザード比は 0.59(95%信頼区間 0.47〜0.75)、5,905歩で0.54(0.41〜0.72)、8,442歩で0.42(0.30〜0.60)と、下がり方はしだいに緩み、およそ7,500歩あたりで横ばいになりました。観察研究なので、歩数が死亡率を下げたとは言えません。よく歩ける人はもともと健康だ、という向きが残ります。

03頭打ちの位置は、対象によって動く。15の集団・47,471人・死亡3,013件(追跡中央値7.1年)のメタ分析では、リスクの下がり方が緩むのは60歳以上でおよそ6,000〜8,000歩、60歳未満でおよそ8,000〜10,000歩でした。いっぽう米国の40歳以上4,840人の研究(追跡10.1年・死亡1,165件)では、4,000歩に対して8,000歩で0.49、12,000歩で0.35と、はっきりした横ばいは見えていません。統合値も個別の結果も、1万歩という区切りを支持してはいません。

黒い木・濃紺のガラス・銀の金属、3本の棒材が三角に組まれて自立し、頂点の接合部が琥珀色に灯るオブジェ
2つの研究では、最初の区間の差がいちばん大きかった。基準の置き方で、見える区間も変わる。 Visual: ALIFE

自分がいま数字のどちら側にいるのか。日常の中に、手がかりがあります。

01届かない日を、失敗として数えている。1万歩を基準にすると、4,000歩の日は失敗になります。けれど米国の高齢女性16,741人の追跡で差がいちばん大きかったのは、その4,000歩あたりの区間でした。基準の置き方ひとつで、同じ一日が成功にも失敗にもなります。

02速さで、埋め合わせようとしている。米国の40歳以上4,840人の研究は、1日の歩数の合計を考慮したうえで歩く速さと死亡率の関連を調べ、上位群と下位群のハザード比を0.90(95%信頼区間 0.65〜1.27)、傾向の検定で P=.34 と報告しました。信頼区間が1をまたいでおり、明確な差とは言えません。この研究で関連が見えていたのは、合計のほうでした。

031つの数字を、指針だと思っている。世界保健機関が2020年に出した指針は、成人について中強度で週150〜300分、高強度で週75〜150分、またはその組み合わせという幅を挙げ、筋を使う活動も勧めています。座っている時間については、どこからが長すぎるかを数量化するには証拠が足りないと明記されています。1点に決めているのは指針ではなく、その要約のほうです。

黒い柱で3つに分かれた室内。壁の刻み目の列と遥か上の1本、途中だけ急に詰まった石段、琥珀色の光の帯を1点で横切る銀の細い線
数字への振り回されは、日常の言い方に現れる。 Visual: ALIFE

順番を並べると、こうなります。1965年、日本で商品名が付く。2001年、日本の研究者が国際学会でその由来を説明する。2004年、総説が商業的な由来を明記する。2010年代に加速度計が普及し、2019年から2022年にかけて、頭打ちは1万歩より手前にあるという報告が並ぶ。それでも1万歩は生き残っています。覚えやすく、切りがよく、計器がその数を表示するからです。

1万歩は、測って決めた数字ではなく、
覚えやすいから残った数字。

だから、届かない日があっても失敗ではありません。ここまでの数字はほぼすべて欧米の中年以上を対象にした観察研究のもので、加速度計は歩数を推定しています。妊娠中の人・子ども・持病のある人・薬を飲んでいる人に、そのまま当てはめることはできません。

TRY IT TODAY

  1. 01LIST

    今日の移動のうち、歩いた区間を思い出せるだけ書く。

  2. 02COUNT

    行き先の名前は書かず、件数だけを数える。

  3. 03RECORD

    計器の数字は使わない。0件でも、そのまま記録する。

5分。今日これから歩きに行く必要はなく、思い出して数えるだけの作業です。これは研究結果そのものではなく、記録の単位を変えてみるためにALIFEが提案する実践入口です。運動や活動について医療者から指示・制限が出ている場合は、そちらが優先されます。動くと痛みや息苦しさが出る、つらさが続く・強まる場合は、課題より先に医療・支援の専門家へ相談してください。

1万歩には、目標として理想的な性質があります。誰にでも同じ数字で言えて、計器が勝手に数えてくれる。いっぽう観察研究のほうは、4,363歩(およそ4,400歩)あたりで差の大半が出て、その先は緩やかだと言っています。いちばん関連が大きかった区間は、目標として掲げるほどの大きさではないところにありました。

SECOND LAYER · FULL SYLLABUS運動を、もっと深く学ぶ。→
HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方

この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。

95%信頼区間
推定値の「ばらつきを見込んだ幅」。同じ研究を何度もやり直したら、結果の多くがこの幅に収まると期待できます。幅が0(差なし)をまたぐときは、明確な差とは言い切れません。
メタ分析
同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
観察研究・前向き研究
介入せずに経過を追いかける研究。「関連がある」までは言えますが、「それが原因だ」とは言い切れません。
ハザード比
追跡期間の中で出来事が起こる「速さ」の比。1なら差なし。例えば0.8なら、その期間に起こる勢いが2割低かったことを表します。
中央値
全員を並べたときの、ちょうど真ん中の人の値。平均と違って、極端な値に引っ張られません。

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本コンテンツは学習目的であり、診断や治療の代替ではありません。