IN BODY · ISSUE 019
● 12 SEC毎晩8時間は眠りましょう——そう聞いて育ったなら。その8時間を推奨している専門家団体の合意声明が、探しても見つかりません。2015年に米国睡眠医学会と睡眠研究学会が共同で出した合意声明の推奨は、18歳から60歳の成人について「1晩7時間以上」でした。
それでもこの号は、眠りの数字を捨てません。数字が間違っているからではなく、どこから来たのかを知らないまま目標にすると、届かなかった夜が自分の失敗のように見えてくるからです。
睡眠(Sleep)は、当人が意識を失っていることが条件になっている、めずらしい対象です。腸は内視鏡で見られ、血圧は計器で測れます。眠りだけは、眠っている自分を自分では観察できません。だから睡眠には、後から作った説明が入り込みやすい。
その距離は測られています。米国の中年期の成人669人を対象にした2008年の観察研究では、手首の装置で測った睡眠時間の平均は6.0時間、本人の申告の平均は6.8時間、両者の相関は0.47でした。ずれ方も一様ではなく、実際に5時間だった人は1.2時間ほど、7時間だった人も0.4時間ほど、いずれも多めに申告していました——短く眠った人ほど、ずれは大きくなります。ある時点での比較であり、このずれが何をもたらすかまでは測られていません。

先に断っておきます。ここに並ぶ数字は、ほぼすべて欧米の成人を対象にした観察研究と、期間の短い小さな実験から来ています。日本の成人での追試はほとんどありません。それでも、眠りの数字を見に行くと、はっきりしていることが3つあります。
018時間は、7と9の真ん中。2015年の合意声明(米国睡眠医学会と睡眠研究学会。15人の専門家が9つの健康領域の文献を検討したもの)の推奨は「18歳から60歳の成人は1晩7時間以上」。同じ声明は、9時間を超える睡眠が健康上の危険と関連するかどうかは不確かだとも述べています。同じ年、12の関係団体から集まった18人のパネルが定型の手続きに沿って出した別の推奨は、成人7〜9時間・高齢者7〜8時間でした。どちらも専門家パネルの合意であって、無作為化試験の結果ではありません。8時間は、その幅の真ん中にある数字です。
02この実験では、成績の低下に自分で気づけなかった。健康な成人48人(21〜38歳)を、寝床にいる時間4時間・6時間・8時間の3群に無作為に割り付けて14日続けた実験では、認知課題の成績が日を追って累積的に落ちました。一方で眠気の自己申告は初日に上がったあと、ほとんど頭打ちになっています。論文は、参加者が自分の成績低下にほとんど気づいていなかったと述べています。48人・2週間の実験室での課題成績であり、日常の仕事や運転の成績を測ったものではありません。
03死亡率とのU字は、左右で確かさが違う。16件の前向き研究(27の集団・参加者1,382,999人・死亡112,566件・追跡4〜25年)のメタ分析では、短い睡眠の相対危険度が1.12(95%信頼区間 1.06〜1.18)、長い睡眠が1.30(1.22〜1.38)。長い側のほうが大きい値でした。ただしこれは観察研究の統合値で、個々の研究結果が一様だという意味ではありません。そして病気が睡眠を長くしている向き(逆因果)を、観察研究は見分けられません。

寝床にいた時間と、眠っていた時間。自分がいまこの二つを分けて数えているかどうか。日常の中に、手がかりがあります。
01寝床にいた時間を、そのまま数えている。就寝から起床までの差を、そのまま「眠った時間」と呼んでいる。米国の中年期の成人669人では、装置の測定と自己申告の平均は6.0時間と6.8時間で、0.8時間離れていました。
02短く眠った人ほど、多めに申告していた。同じ669人の中では、実際に5時間だった人は1.2時間ほど、7時間だった人も0.4時間ほど、多めに申告していました。ずれは一様ではなく、短く眠った人ほど大きい——ただし、どの人にも同じずれが起きると示したものではありません。
038時間に届かない夜を、失敗として数えている。目標にしている8時間は、合意声明の推奨(7時間以上)でもなければ、パネルが示した幅(7〜9時間)の指名でもありません。届かなかった夜を採点する前に、その数字がどこから来たのかを見に行けます。

病気があると横になる時間が増え、体力の低下が休息の時間を増やす——という向きが考えられます。この向きを逆因果といい、観察研究はこれを見分けられません。見分ける道具のひとつが、睡眠時間と関連する遺伝的な指標を使う解析です。英国の46万1,347人(心筋梗塞5,128件)を追跡した2019年の研究は、6〜9時間と比べて6時間未満のハザード比1.20(95%信頼区間 1.07〜1.33)、9時間超1.34(1.13〜1.58)という同じU字を観察したうえで、その解析を行いました。効果を支持したと報告されているのは、短い側だけです(1.19、1.09〜1.29/別の集団での再現で1.21、1.08〜1.37)。この手法は前提が満たされているかで推定が動きうるもので、長い側について何も無いと確かめたわけではありません。
8時間は、正しいから残ったのではない。
扱いやすいから、残った。
7時間以上という条件つきの下限より、8という単数のほうが覚えやすく、目標にしやすく、達成できたかどうかを言いやすい。数字は、正しいから残るのではなく、扱いやすいから残る——というのが、この号の読み筋です。だから、8時間に届かない夜を自分の失敗として数える必要は、最初からありません。
TRY IT TODAY
- 01LOG
昨夜の就寝時刻と起床時刻を書き、その差を出す。これが寝床にいた時間。
- 02SPLIT
そのうち眠っていたと自分が思う時間を、別の行に書き添える。時計も装置も見ず、記憶と感覚でよい。
- 03GAP
二つの差を書いて、一度だけ読み返す。差が0なら、ずれが無いのではなく、まだ区別していないという合図。
睡眠には、健康の商品として理想的な性質があります。日々の眠りを本人が見ることはできず、良し悪しの多くは申告として残ります。しかもその申告は、実際に短い人ほど多めに出ていました。何かを始めた翌朝、人はたいてい「よく眠れた気がする」と言える状態にあります。
この号でいちばん確かに測られていたのは、眠りそのものではなく、そのずれの大きさのほうでした。0.47という相関は、眠りについての数字である前に、私たちの自己申告についての数字です。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS睡眠を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 95%信頼区間
- 推定値の「ばらつきを見込んだ幅」。同じ研究を何度もやり直したら、結果の多くがこの幅に収まると期待できます。幅が0(差なし)をまたぐときは、明確な差とは言い切れません。
- メタ分析
- 同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
- 無作為化比較試験
- くじ引きの要領で「介入を受ける群」と「受けない群」に分けて比べる実験。「効いたかどうか」を言うための標準的な設計です。
- 観察研究・前向き研究
- 介入せずに経過を追いかける研究。「関連がある」までは言えますが、「それが原因だ」とは言い切れません。
- ハザード比
- 追跡期間の中で出来事が起こる「速さ」の比。1なら差なし。例えば0.8なら、その期間に起こる勢いが2割低かったことを表します。

