IN SELF · ISSUE 006
● 12 SEC感情の扱い方には、いつのまにか成績表がついています。抑え込むのはよくない。前向きに言い換えるのが大人。——けれどその成績表には、状況を書き込む欄がありません。
検査の結果を待つ数日と、まだかけていない予約の電話。動かせない事態と動かせる事態が、同じ一日の中に混ざっています。この号が扱うのは、方略の順位ではなく、いまの波の高さと動かせるかどうかで第一手を決める、という考え方です。
感情調整力(Emotion Regulation)とは、わき上がった感情の強さや形を自分で少し変える技術のこと。114の研究から集めた241の効果量(198の相関と43の平均差)を統合したメタ分析では、6つの方略——反芻・回避・問題解決・抑制・再評価・受容——と、不安・抑うつ・摂食の問題・物質に関する問題との関連が並べられました。関連がいちばん大きかったのは反芻。回避・問題解決・抑制が中から大。そして再評価と受容は、小から中にとどまりました。著者たち自身が、この結果を意外だと書いています。
ただしこれは観察研究をまとめた統合値です。関連は不安・抑うつのような内側にこもる型の不調でより安定して見られ、外に出る型では弱いものでしたが、個々の研究結果が一様だという意味ではありません。

つまり「抑えるのは悪、言い換えるのが最強」という通説は、少なくともこの成績表からは出てきません。それどころか、条件を足していくと、言い換え(再評価)そのものが向きを変えます。順位表に足りないのは、状況の欄です。
01動かせる問題では、上手な言い換えが逆を向いた。過去8週間にストレスの多い出来事を経験した地域住民170人の研究です。工夫は、出来事が本人の力で動かせるものかどうかを、本人ではなく独立した別標本の評定者に判定させたこと。強いストレスがあり、それが自分では動かせない出来事だった人では、再評価の上手さが高いほど抑うつが低い。ところが動かせる出来事だった人では、再評価の上手さが高いほど抑うつが高いという関連でした。観察研究の交互作用なので、どちらが原因かは決められません。2016年に一部の得点の訂正が出ていますが、結論は変わっていないとされています。
02強い波では、人はもう気そらしを選んでいる。参加者に不快な刺激を見せ、再評価と気そらしのどちらを使うかを自分で選ばせた3つの実験では、低い強度の場面では再評価が、高い強度の場面では気そらしが選ばれました。測っているのは方略の選択であって、症状が減ったかどうかではありません。実験室の課題での選択なので、そのまま日常の効き目の話にはできない。それでも、痛みや不安がいちばん高い時間に意味の捉え直しを自分へ要求するのは、設計として無理があります。
03慢性の痛みの患者では、抑え込みが症状の多さと結びついた。慢性の痛みを抱えた患者2,065人・15研究をまとめた系統的レビューでは、感情が起きた後に表へ出さないよう抑え込む型の方略をよく使う人ほど、破局化した思考が多く、不安と抑うつの症状も多いという関連がありました。感情が起きる前の段階に働きかける型は、痛みそのものとの直接の関連が出にくいものでした。研究数も規模も小さく、多くが自己報告の質問紙です。抑え込みが症状の多さを招いたのか、症状の重さが抑え込みを増やしたのかは、この設計では分けられません。

状況ではなく採点表のほうを見て手を選んでいないか。日常の中に、手がかりがあります。
01方略を、道徳で採点している。抑えるのは弱さ、言い換えるのが大人、気そらしは逃げ。この採点表が入っていると、いちばん必要な場面で使える手が減ります。
02強い波の最中に、意味を考えようとする。いちばんつらい時間に「この経験の意味を捉え直そう」と自分へ要求している。3つの実験で、強度が高い場面で人が自分から選んでいたのは、気そらしのほうでした。
03その場の楽さで、採点している。使った手が合っていたかを、直後の楽さだけで決めている。楽になっても翌日に反動が来る手と、その場は変わらないが夜に響かない手があります。

ボナーノとバートンが提案した調整の柔軟性という枠組みは、ある方略が本質的に良い/悪いという前提そのものを疑い、3つの部品で考えます。文脈感受性——いまの場面が何を求めているかを読む。レパートリー——使える手が何種類あるか。フィードバックへの応答性——効いているかを見て、続ける・やめる・切り替える。これは理論の枠組みであって、介入の効果を証明した研究ではありません。順位表が問うのは「どの方略か」。柔軟性が問うのは「合っているか、そして直せるか」です。
良い手を覚えるより、先に見る。
いまは高い波か。動かせる事態か。
順位表そのものにも限界があります。37の国と地域・249の論文・150,474人・861の効果量を統合したメタ分析では、再評価の利点も抑制の不利も、文化によって大きさが変わっていました。この分野の研究は自己報告の質問紙に頼り、欧米の地域住民や学生の標本に大きく偏ってもいます。抑制は普遍的に悪いと読むのは、行き過ぎです。
TRY IT TODAY
- 01LEVEL
今日いちばん強かった波をひとつ選び、強さを0〜10でつける。
- 02CONTROL
そのとき目の前にあった事態は、動かせた?動かせなかった?
- 03MOVE
実際に使った手を1つ書く。採点は、翌朝に一行だけ追記する。
感情調整力とは、良い方略を暗記する力ではなく、いまの波の高さと、目の前の事態が動かせるかどうかを先に見る力のこと。順位表は、状況の欄が空白のまま印刷されています。その欄を埋められるのは、そこにいる人だけです。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS感情調整力を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 効果量
- 差や関連の「大きさ」を、単位の違う研究どうしでも比べられるようにした共通の物差し。「効果があるか」ではなく「どれくらいか」を表します。
- メタ分析
- 同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
- 系統的レビュー
- あらかじめ決めた基準で研究をもれなく集めて整理する方法。数値の統合(メタ分析)まで行わないこともあります。
- 観察研究・前向き研究
- 介入せずに経過を追いかける研究。「関連がある」までは言えますが、「それが原因だ」とは言い切れません。

