IN SELF · ISSUE 005
● 12 SEC調子の悪い日に浮かぶ一文——このまま一生こうだ——を、「気の持ちよう」で片づけられたことがあるなら。少なくとも研究の上では、その一文は気のせいではありません。尺度で測ることができ、半年後の重い腰痛との関連も報告されています。
ただし、同じ強さでもうひとつ。「その一文を書き換える作業こそが治療の効き目の中心だ」という通説のほうは、治療を成分に分けた実験に支えられていません。この号は、その2つを混ぜずに置きます。
認知の柔軟性(Cognitive Flexibility)とは、思考のクセの一覧をそらんじる力ではなく、病気を抱えた毎日で、扱えない大きさになった文を扱える大きさに切りなおす力のことです。その代表的な相手が破局化——痛みや症状を、実際より大きく、実際より長く、自分の手に負えないものとして構えてしまう傾向。サリバンらの痛みの破局化尺度は、これを13項目・0〜52点で測ります(反芻4項目・拡大3項目・無力感6項目。総得点30点超が臨床的に意味のある水準の目安)。測っているのは痛みの強さではなく、痛みへの構えのほうです。

ここから先は、混ぜると必ずおかしくなる分岐点です。先を予測することと、書き換えれば結果が変わることは、別の主張だからです。研究が言えているのはどこまでか、順に見ていきます。
01この追跡では、半年後の重い腰痛と、関連した。オランダの一般住民(25〜64歳・重い病気のある人は除く)へ半年後にもう一度質問紙を送り、1,571人(85%)が回答した前向き研究。出発点で腰痛のあった人では、破局化が高い群が半年後に重い腰痛を抱えていることと関連がありました(オッズ比3.0、95%信頼区間1.7〜5.2)。生活に支障のある腰痛も同じく3.0(同1.7〜5.4)。出発点の痛みの長さ・強さ・支障で調整しても関連は残りました。ただし観察研究なので、この一文が痛みを引き起こしたとは言えません。
02この57人では、考えの変化が先行した。12週間の介入の前後と3か月後に測った解析では、介入前後の破局化の変化が、その後3か月の臨床的な痛みの変化の分散の14%を説明しました(p=0.005)。逆向き——痛みの変化がその後の破局化の変化を説明した割合は0.1%。少なくともこの57人の標本では、矢印は考えから痛みへ向いていました。とはいえ前後関係が見えただけで、書き換えれば痛みが減ると示した研究ではありません。
03うつの治療を成分に分けても、明確な差は出なかった。うつ病の外来患者を、行動の活性化だけ、それに自動思考の修正を足したもの、より深い信念まで扱う全部入りの3条件へ割り付けた研究では、治療終了時も6か月の追跡でも、3群のあいだに差は検出されませんでした。レビューも、特定の認知的介入が治療の効果を有意に高めるという証拠はほとんど見当たらないと結論しています。治療が効かないという話ではなく、効いている治療のどの部品が効かせているのかが、まだ分かっていないという話です。

技術の前に、点検です。いま頭の中にある文が、扱える大きさかどうか。手がかりは、いつも使っている言い回しのほうにあります。
01期限が、ない。「このまま一生こうだ」。検証できない文は反論もできないので、頭の中で無敵になる。
02一日が、一語で終わる。「今日はダメな日だった」。情報がほとんど入っていないので、明日の判断に使えない。
03最悪像が、手順の代わりをしている。「悪化したらどうしよう」。像は増殖するが、手順は増えない。悪化したときにどうするかは、頭の中で戦う相手ではなく、あらかじめ医療者と決めておく事項です。

頭痛を除く慢性の痛みへの心理療法をまとめたコクランレビューは、治療終了時点で75研究・9,401人を統合しました。認知行動療法の痛みへの利益は、活性のある対照と比べて「ごく小さい」(23研究3,235人)、通常ケアと比べて「小さい」(29研究2,572人)。支障と気分の落ち込みも同じ程度の幅でした。これは統合値としての小ささであって、個々の研究結果が一様だったという意味ではありません。効いていないのではなく、期待の側が大きすぎたのです。
明るく書き換えるのではない。
扱える大きさに、切るだけ。
だから、うまく切りなおせても劇的には楽になりません。それは失敗ではなく、実測どおりです。安いものを高く買わない——それだけでも、頭のスペースはかなり空きます。
TRY IT TODAY
- 01CATCH
今日いちばん頻繁に浮かんだ一文を、1つだけ書き出す。
- 02CUT
期限つきの観察・粒度の高い記述・決めてある次の一手。どれか1つの型で切りなおす。
- 03SAY
切りなおした文を、声に出して1回読む。中身は明るくしない。
認知の柔軟性とは、考えを明るく塗り替える力ではありません。扱えない大きさになった文を、扱える大きさに切りなおす——ポジティブ変換ではなく、単位の変換です。書き換えは、あなたの一日を運転する道具の一つではあっても、エンジンではない。研究の限界を知ったうえで、ALIFEが提案する小さな実践の入口です。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS認知の柔軟性を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 95%信頼区間
- 推定値の「ばらつきを見込んだ幅」。同じ研究を何度もやり直したら、結果の多くがこの幅に収まると期待できます。幅が0(差なし)をまたぐときは、明確な差とは言い切れません。
- 観察研究・前向き研究
- 介入せずに経過を追いかける研究。「関連がある」までは言えますが、「それが原因だ」とは言い切れません。
- オッズ比
- ある状態の「起こりやすさの関連」を表す倍率。1なら差なし、1より大きいほどその群で起こりやすい関連です(確率が何倍、という意味ではありません)。
- 統計的に有意
- 「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。
- p値
- 差がないと仮定したとき、偶然でこの結果以上が出る確率の目安。小さいほど偶然では説明しにくいことを表しますが、効果の大きさは表しません。

