IN LEGAL EXECUTION · ISSUE 456
● 12 SEC決めごとを現場に根づかせたいとき、たいていまず研修を考えます。集めて、説明して、受講の記録を残す。やったことは、ちゃんと形に残ります。ただ、やった記録と、行動が動いたことは、別々に数えないと混ざります。
先に、書かないことを二つ。どんな研修をすればよいか、という助言はしません。もう一つ、この号が読めたのは、セクハラ研修・多様性研修・倫理研修を測った研究までで、法務の研修そのものを測った研究には届いていません。それでも読む値打ちがあるのは、「やっても飾りだ」という見立ての側も、同じ場所で測られていたからです。
法務研修(legal literacy)は、ここでは「決めごとやルールを現場に伝える機会」を指します。いっぽう浸透は、伝えた中身が現場の行動に根づくこと。研修の効き目を測った研究は、この二つを分けて数えます。片方は、その場で学んだ知識・態度・手順。もう片方は、学んだことを持ち場で実際にやるかどうか——転移と呼ばれる測り方です。

では、実際に測るとどうなったのか。ここから並べるのは三本。舞台はセクハラ研修・多様性研修・倫理研修で、法務研修ではありません。それでも、やったことと効いたことの距離は、そこで数えられています。
01知識はよく動き、持ち場の行動はわずかだった。二〇二一年に人事の査読誌へ出たメタ分析——複数の研究を統合した分析——が、職場のセクハラ研修について四つの結果を並べました。大きかったのは学んだ知識の変化でδ=1.06、小さかったのは持ち場の行動への転移でδ=0.14(態度の変化0.41、手順の知識と技能0.39)。δは研修の前後の差の大きさで、0なら差なし、大きいほど差が大きい。統合した研究の数は要旨に印字が無く、この号は要旨までです。
02「飾りか」を確かめた研究が、出した答えは否だった。二〇一四年に企業倫理の査読誌へ出た研究は、銀行で働く人たちを、正式な倫理研修の前と後で追いました。一度の研修から二年後、倫理的な組織文化を表す指標のうち四つで正の効果が持続——“Two years after a single training session, we find sustained, positive effects”。消えたのは「標榜する価値観」の一つだけで、著者らはこれを、価値観の内面化から持続的な改善が生まれるという従来理論と食い違うと書きます。前後を比べた観察です。
03三つを並べた比較で、増え方が最も小さいのは研修だった。二〇〇六年に社会学の査読誌へ出た研究が、米国の民間事業所708か所の1971年から2002年を追いました。見たのは管理職に占める白人女性・黒人女性・黒人男性の比率。比べたのは三つ——責任の所在を決める、研修と評価で偏りを正す、孤立をほぐす。増え方が最も広いのは責任の所在の側、研修と評価は最小。同じ研究は、責任の所在を決めた組織では研修と評価の結果もより良いと報告。観察データです。

どちら側にいるのかは、数字より、日ごろの言い方のほうに出ます。
01受講の記録が、浸透の証拠として使われている。出席の記録も、配った書面も、渡したことの記録です。三本の研究が数えていたのはその先——知識が動いたか、持ち場の行動が動いたか、二年後も残っているか。記録が残ることと、行動が動いたことは、別々のものさしに載っています。記録のほうだけで浸透を言えるかどうかは、そこでは確かめられていません。
02足りないから増やす、になっている。回数や時間を足せば根づくのか。二〇二一年のメタ分析は、研修の長さ・届け方の媒体・実施の場では効果が有意には変わらなかったと報告しました。変わったのは研修の範囲・教え方・受け手の性別のほうで、しかも変わり方は成果の種類ごとに違います。セクハラ研修についての統合です。
03押し出せば通る、と考えている。押し出せば反発を招くのではないか。二〇一八年に一般向けの解説誌へ出た論考は、多様性研修の義務参加と法律中心のカリキュラムが“an external power is trying to control their behavior”(外の力が自分の行動を操ろうとしている)と感じさせるだろう、と書きました。ただしこれは著者らが予想として置いた仮説で、この論考が測った結果ではありません。同じ論考は、自分たちの調査で企業の研修の約75%が規制と遵守の手順を扱うとも書きます。

持ち場を正直に置きます。三つのやり方を比べたあの研究で、「義務的な研修かどうか」は検証の対象ではありませんでした。全文を通して義務(mandatory)の語が現れるのは一度きり、それも標本の説明として——管理職向けの研修がある事業所の七割で受講が義務だった、という記述です(“training was mandatory”)。比べられていたのは、あくまで三つのやり方のほうでした。
もう一つ。二〇〇一年に行動科学の査読誌へ出た研究は、都市部の大学の職員と教員に質問紙を送り、参加した197名と参加しなかった319名、計516名を比べました。参加した人は知識が多く、職場での性的な言動を不適切とする態度も強い一方、参加した男性では、強要の被害を認めにくく、通報に消極的で、被害者を責めやすいという逆向きの結果が出ています。参加は本人の選択で、割り付けではありません。全文まで読めたのは六点のうち二点。読めていないものについては書きません。
銀行で働く人を追って、二年後。
測った指標のうち、四つが残っていた。
この号が並べたのは、研修をやめる理由ではありません。知識の側はよく動いていたし、一度の研修が二年後まで残った例もありました。読めた範囲で言えるのは、「やった」と「根づいた」を、同じ一つのこととして数えてきた、というところまでです。
TRY IT TODAY
- 01LIST
決めごとを伝えようとした試みを、思い出せるだけ書く。朝礼のひとこと、書面の配布など。
- 02SORT
一つずつ、「伝えただけ」と「そのあとの変化を自分で見た」の欄に分ける。
- 03COUNT
それぞれの件数を書き添える。0件でも、そのまま記録する。
ここから先は、読んだどの研究も言っていないこと——この号の見方です。研修は、浸透の完成ではなく、渡す側の一手。渡した回数は自分で数えられますが、根づいたかどうかは、そのあとを自分で見ないと分かりません。三つのやり方を比べた研究が同じ表で見せていたのは、研修の効きが、研修の外に置いた条件と一緒に動いていたことでした。二つを別の欄に分けたところから、外側に何を置くかの話が始まります。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「現場に法務を浸透させるには?」を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- メタ分析
- 同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
- 統計的に有意
- 「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。