IN RESEARCH & DEVELOPMENT · ISSUE 289
● 12 SEC「新製品の8割から9割は失敗する。」研究開発の話は、たいていここから始まります。この号が見るのは、失敗を減らす方法ではなく、その率の出どころを辿るとどこで止まるか、です。扱うのは2013年の論考と、2021年の実測と、1961年の二つの印刷物。
2013年、査読誌に出た論考の冒頭はこうです——「80〜90%の製品が失敗するというよくある主張は、都市伝説である。実際の製品の失敗率は40%前後である。」本文まで読めたのは共著者のサイトにあった著者稿で、刊行版は購読の壁の向こうです。
論考は、表を二つ作っています。高い率を引用した文献の表は率の欄が15件、実証研究の表は13件。幅がちがいます——前者は40%から95%、後者は24%から55%。後者に、8割の欄も9割の欄もありません。
高い率のほうの表を古い順に見ると、最も古い2件はどちらも1961年。経営誌の記事で80%、同じ年の新聞記事で89%。どちらも査読誌ではありません。原典には到達しておらず、確認できたのは表に印字された書誌と率まで。
表には断りが付いています——「この表は、我々が使えた多くの引用の例示にすぎない。文字どおり何百とある。失敗率が80%である証拠としてではなく、通俗の信念であることを示すために使う。」「最古の2件」は、例示の表の中での最古です。
15件には、講座の頁もブログも、官庁名だけで資料名も年も無い行(90%)も並びます。ある教授が95%と言ったとよく引かれる件も、本人は否定。よく引かれる数字ほど、本人に辿り着かない。

ここから先へは行けません。当たったのは四か所。①査読誌の題名索引——実測の報告は1977年と1987年の2本だけ(後者は実務者向けの雑誌)で、8割から9割を測った査読論文は出ません。②原典の一覧表——最古が1961年の2件。③図書館の総合目録——起点によく挙げられる1982年の業界向け報告書は24ページの登録があるだけで、頁が開けません。④一般検索——記事と宣伝。
「存在しない」とは書きません。書けるのは、この四か所を当たった範囲では見つからなかった、までです。
012013年の論考は、8割から9割を都市伝説と呼び、実際は40%前後だと書く。実証側に並ぶのは、同じ著者が1977年と1987年に文献を見直した結果(どちらも約35%)と、実務者団体の三つの調査(1985〜1989年42%、1995年40%、2003〜2004年46%)。業種差はヘルスケア35%から消費財49%、上位と残りで24%対46%。1977年と1987年は同じ人の2回で、独立した2本ではありません。
02「査読研究19本が30〜49%」——この一文には、出典が付いている。逐語は「1945年から2004年までの査読研究19本が、30〜49%の範囲の失敗率を見いだしている(出典)」。参考文献欄でその出典を開くと、著者が2012年に、質問と回答を投稿するウェブサイトへ書いた回答でした。19本の一覧は、この論考の中にありません。実証研究の表13件のうち3件も査読論文ではなく、最古は1965年の33%。
03実測はある。米国の消費財83,719品目を追った、2021年の調査。逐語は「米国の31の消費財分野へ8年間(2002〜2009年)に投入された83,719件の新規の管理単位を分析する。失敗とは販売の恒久的な停止。4件に1件(25%)が1年後には買われなくなり、この率は2年後には約40%へ上がる。」分母は発売された品目で、着想でも会社でもありません。読めたのは検索の索引からの再構成まで。

数字が食い違う芯は、「失敗率」が何を分母にしているかです。論考の定義はこうです——「新製品の失敗率とは、市場へ投入された新製品のうち商業上の目標を満たせなかったものの割合、着想の失敗率とは、開発の過程に入ったが発売されなかった着想の割合を指す。この混同が、80%前後という情報がいまも流れつづけていることに寄与しているのかもしれない。」「かもしれない」は、原典の語です。
よく引かれる1997年の記事は、一つの商業的成功に3,000件の生の着想が要ると述べたもので、指していたのは生の着想でした。同じ記事は、発売された2つの製品につき1つが成功、すなわち失敗率50%とも述べています。どちらを引くかで、話が変わります。
01「8割から9割は、業界の常識である」。流通してはいます。ただし測った側の表に、8割の欄も9割の欄もありません。「そのような査読研究は存在しない」とは書きません。書けるのは、上の四か所を当たった範囲では見つからなかった、までです。
02「実測が無いのだから、失敗率の話は当てにならない」。反対側へ振り切らないでください。実測はあります。ただし分母は発売された品目で、会社でも着想でもありません。標本は米国の消費財に限られ、装置産業も受託開発も公的機関の研究も入っていません。「この範囲では、この数字だった」が、書ける形です。
03「数字が高いのは、それだけ開発が難しいからだ」。論考が挙げるのは二つ。ひとつは、多くの人が信じているなら本当だろうという形の誤り。もうひとつが利害です——「80%という都市伝説が保たれる、ありうる理由の一つは、実務家を失敗から免責し、成功時の評価を高めることである。高い失敗率は、助言者を雇うことを正当化するために使われるかもしれない。」原典の書き方は推量であって、断定ではありません。

挙げた出典は10件で、本文まで読めたのは1件——2013年の論考だけ、それも刊行版ではなく著者稿の保存版です。読めていないものについては書きません。だからこの号は、1961年の2件が何を測ったのかを書いていません。
辿れた実測は米国の消費財で、日本の研究開発の実測は入っていません。「失敗」の定義も資料ごとに違います——商業上の目標の未達、販売の停止、概念の放棄。無作為な割り付けのある実験は、読めた範囲に1本もありません。これは、テーマの選び方の手引きではありません。
高い率を引用した文献の表に並ぶ数字は、40%から95%。
実証研究の表に並ぶ数字は、24%から55%。同じ論考の、隣り合う二つの表です。
次の3手も、研究が命じた順番ではありません。手元のテーマを三つ書き出したとき何が起きるかを測った研究は、ありません。判定はしません。良し悪しも付けません。
TRY IT TODAY
- 01LIST
いま関わっている、または関心のあるテーマを三つ書き出し、それぞれに「なぜ有望だと思うか」を1行添える。
- 02MARK
その1行を読み返し、根拠に数字が入っている行に印を付ける。割合でも件数でも年数でもかまいません。
- 03TRACE
その数字の出どころを自分の言葉で言えるかを、言える・言えないの二択で書き添える。調べ直しません。
年代順に置くと、1961年の80%と89%から、1977年と1987年の約35%、1985年から2004年の42%・40%・46%、2013年の40%前後、2021年の83,719品目で25%と約40%。測るほうの数字は60年のあいだに何度も置き直され、1960年代の初めの80%という流通するほうは動いていません。
確かめられたのは四つ。論考が8割から9割を都市伝説と呼び、実際は40%前後だとしたこと。二つの表が40%から95%と24%から55%で、後者に8割・9割が無かったこと。19本・30〜49%の出典が質問と回答を投稿するウェブサイトへの回答だったこと。本文まで読めたのが10件のうち1件だけだったこと。動かない数字は、誰も分母を訊かなかった数字です——というのが、この号の読み筋です。記録が1件、残るだけです。
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