IN LEARNING & GROWTH · ISSUE 204
● 12 SEC第二次大戦中のアメリカで、リバティ船という規格化された貨物船が、16の造船所で2,708隻造られました。1990年の研究は、そのうち13の造船所の月ごとの生産記録から、生産を通じて得た知識は急速に減価すると報告します。
減価パラメータ〔1か月たったときに残る割合。0.75ならひと月で25%減る〕の推定値は0.75。年の初めの蓄えのうち1年後に残るのは3.2%(0.75の12乗)、λが0.90と高くても28%です。12乗というのは、目盛りがひと月だということ。
ところが2007年、同じ雑誌に、同じ船を数え直した論文が出ます。使ったのは国立公文書館の船1隻ごとの記録。抄録は "rates of forgetting that are much smaller than previously reported, and may well be zero"(これまで報告されてきたよりずっと小さい忘却の速さで、ゼロである可能性さえある)。船は同じ。違ったのは、どの帳簿から数えたかです。
組織記憶の保全(organizational memory)という語の出発点は、1991年の論考です。組織の歴史から蓄えられ、いまの意思決定に持ち出せる情報、と定義し、保持される先を五つに分けました——人・文化・仕事のやり方・組織の構造・仕事場の配置、加えて外側の記録。これは概念の提案であって、測定ではありません。この号は本文にも公式抄録にも到達しておらず、定義と一覧は別の総説が頁つきで引いた逐語によります。
2010年の研究は、1991年の論考が "do not cite a single quantitative empirical study on OM and this situation has not changed much over the past 15 years"(組織記憶についての量的な実証研究を1件も引用しておらず、この状況は15年あまりでさほど変わっていない)と書きました。ドイツに登記された企業の経営者と部門長へ、2007年4〜5月に320人へ配り、122人が回答(回収率38.13%)。個人122人の自己申告から、組織の水準の量を推定しています。横断的なデータ〔ある時点で一度だけ測ったデータ〕のため因果の主張は難しいと、著者ら自身が書いています。
同じ2010年に、語のほうを数えた研究もあります。1991年の論考を引用した文献を文脈ごと内容分析したもので、1991年から2006年に304本、ドイツ語の3本を除いて301本、取り出した引用文脈は496。最多は保持先への言及で170件(30%)、うち97件は一般的にふれるだけ。割り当てたコードはのべ562件(1つの文脈が複数に入るため)。

では、この語のもとで実際に測られてきたものは何か。まず測られたのは、この3本です。
011990年、13の造船所の月ごとの記録から、減価パラメータ0.75。水準は造船所で、個人の記憶を測ったものではありません。0.75は1年後に3.2%、λが0.90でも28%という意味です。結論は "Knowledge depreciates very rapidly—much more rapidly than the rate of labor turnover."(知識はきわめて急速に減価する——労働移動の速さよりもずっと急速に)。
022007年、同じ船を数え直すと、忘却の速さは月8.4%から−1.4%まで動いた。1941年から45年に調達された遠洋船5,777隻のうちリバティ型は2,699隻、20隻以下の3造船所を外して2,662隻(この37隻の差を説明する記述は原典にありません)。推定は6通りあります。製品の中身を統制しないと月8.4%、統制して4.2%、別の2つの定式化で8.7%と5.8%、中身を入れて5.7%と3.6%。労働移動を入れると−1.4%から+2.0%。著者は、それでも無視できない速さだと書き添えます。
031995年の36店舗のピザ店で、知識は同じ事業者の店へは移り、別の事業者の店へは移らなかった。同じ会社から営業許可を受けた36店舗を1年半、週ごとに追った研究。所有者は10の異なる事業者です。費用は経験とともに下がり、知識は急速に減価した——到達したのは抄録までで、速さの数値は印字されていません。具体値は2007年の論文が引いた形だけで、週17%という驚くべき速さ、と。週と月で目盛りが違います。2000年の研究の民間航空機企業1社でも、経験が時間とともに減価するモデルが支持されました(抄録まで)。

数字は動きません。動くのは、要約されていく途中のほうです。読み違えやすいのは3か所。
01「知識は1年でこれくらい失われる」と、決まった速さがあると読む。1990年の0.75(ひと月25%減・1年後3.2%)に対し、2007年は8.4%から3.6%まで6通りに割れ、労働移動を入れて−1.4〜+2.0%。査読誌に載った推定値が、これだけ幅を持ちます。それでも2007年の論文は1990年を否定していません。著者自身が、点推定値は月1.6%・95%信頼区間〔くり返し測ったとき推定値が来ると見込まれる幅〕は0.2%から3.0%で、区間の両端で意味はまったく違うと但し書きを置いています。
02「人が辞めるから失われる」と読む。1990年の論文は、新規採用と離職の率を変数に入れています——"these variables together do not contribute significantly to explaining changes in productivity"(これらの変数は合わせても、生産性の変化を説明することに有意に寄与しない)。統制しても減価は速いままで、その列の推定値は0.70。2007年の論文も、月平均10%の労働移動が生産性に影響して見えなかったと引きます。ただし「人の出入りと無関係だと示された」ではありません。著者ら自身、別の文脈では影響するかもしれないと書いています。
03「記録が同じ形で残っていれば共有されている」と読む。同じ会社の営業許可のもとで、店の手順の書式まで揃っています。それでも知識は、事業者の境界をまたぐと移りませんでした。同じ形で存在していることと、取り出されて使われることは別です。なぜ移らなかったかは、読めた抄録に書かれていません。語のほうも同じで、496の引用文脈のうち批判的だったのは17件(3.4%)、301本のうち9本から。著者らがしていない主張を帰属した文脈も6件。

測られたのは、生産の効率です。造船所13か所の月ごとの記録、船2,662隻の1隻ごとの労働記録、ピザ店36店舗の週ごとの費用、航空機1社の費用データ。そして個人122人の自己申告と、論文301本の引用文脈496。水準はばらばらで、どれも記憶そのものを取り出して測ってはいません。実証は、生産量や費用を長く記録できる業種に偏ります。この7本の到達した範囲に、日本の組織を対象にした記述はありません。
全文まで読めたのは7点のうち4点。読めていないものについては書きません。無作為な割り付けは、読めた4本のどこにも記載がなく、この号は因果の言い方をしていません。1990年と1995年は同じ研究者2人の連作(対象は造船所とピザ店で別)、2007年は同じ船の再推定。独立した7件ではなく、互いを引き合う1つの系列です。「同じ失敗を繰り返す確率が高まる」の一次には、読めた範囲でも文献データベースでもたどり着けませんでした。「存在しない」とは書きません。
造船所13か所を数えた推定と、船2,662隻を数え直した推定がある。
動いたのは、船ではなかった。
だから次の3手も、研究が命じた順番ではありません。測られたのは、造船所の産出と店舗の費用と質問紙への回答です。判定しません。良し悪しも書きません。
TRY IT TODAY
- 01PICK
**半年以上前に自分が決めたことを1つだけ**書く。決めた内容だけを短く、良い決断だったかは書きません。
- 02CHECK
その理由がいまどこに残っているかを書く。(A)自分が書いた記録、(B)自分以外も読める文書、(C)自分の記憶の中だけ。どれとも言えないなら「思い出せない」と。
- 03SORT
行の右端に、A・B・C・「思い出せない」のどれか一つの印を付ける。どれが良い印かの判定はしません。
記憶という語は、保管庫の絵を呼び出します。棚があり、箱があり、探せば出てくる。確かめられたのは、その絵のほうではありませんでした。13の造船所の記録から0.75(1年後に3.2%)、離職と新規採用を入れた列でも0.70、同じ船を数え直すと推定は6通り。1991年に提案された語そのものは、ほとんど測られてきませんでした。
動いたのは船ではなく、忘れる速さの推定値のほうです。——今日残せるのは判定ではありません。決めごとがひとつ、理由の在り処がひとつ、印がひとつ。記録が1件、残るだけです。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS組織記憶の保全を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 95%信頼区間
- 推定値の「ばらつきを見込んだ幅」。同じ研究を何度もやり直したら、結果の多くがこの幅に収まると期待できます。幅が0(差なし)をまたぐときは、明確な差とは言い切れません。
- 統計的に有意
- 「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。

