IN ORGANIZATIONAL FOUNDATION · ISSUE 172

(仮ビジュアル)薄暗い部屋の黒枠の大きな鏡の前で、黒いローブ姿の女性が鏡に映った自分と静かに向き合っている写真● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

「職場の人間関係が良ければ、人は辞めない」。この順序は、数えられています。2018年のメタ分析〔多くの研究の結果を一つの値にまとめる手法〕が、自分から辞めることの先行要因を316本の論文・57の予測因子から集めました。分母は論文の本数で、原典が書いているのは、1研究あたりの平均標本が1,053人だったところまで。

実際に自分から辞めたかどうかとの結びつきは——辞めることを考えたか .56、職探しの行動 .40、よそに移れるという認知 .23、職務満足 −.28、組織コミットメント −.29、職務への埋め込み −.26、同僚との関係 −.14。(0なら結びつきなし、1に近いほど強く、符号は向き。負は「高い人ほど辞めた人が少なかった」。)7つはすべて、測り方に入る誤差を見込んで推定し直した値です。

所属・関係の充足(Belonging & Relatedness)は、職場を居心地よく整える技術の名前ではなく、その人が来月もそこにいるかを何が言い当てるか、という点検の名前です。友情や家庭という居場所は、この号の外側。この号は、辞めろとも、残れとも書きません。どの原典も、個人の進退を扱っていません。

(仮ビジュアル)夜の高層階の窓辺に立ち、暗い上着姿で街の明かりのほうを見ている女性。暗いガラスにその横顔が薄く映り込んでいる
来月もここにいるか。点検する対象は、その一点だけ。 Visual: ALIFE

では、どこまで数字になっているのか。答えたのは、316本の論文を集めた統合と、帰属という欲求を整理した総説と、同僚の効果だけを集めた161の独立標本。まず置かれたのは、この3本。(うち1本は総説で、それ自体は何かを測った研究ではありません。)

01316本の論文では、辞めるという行為のいちばん近くに、思考と行動があった。アウトカムは、辞めたいと答えたかではなく、実際に自分から辞めたかどうか。上位にあるのは辞める行為に近い思考と行動で、同僚との関係は、この号が並べた7つの中でいちばん小さい値でした。値ごとに分母も違い、辞めることを考えたかは211標本・73,405人、同僚との関係は24標本・11,104人。統合した値であって、個々の研究が一様だった意味ではありません。

02帰属の欲求には、満腹があると書かれている。1995年の総説。測定ではなく、証拠を整理した論文です。結論は、帰属の欲求が「強力で、基本的で、きわめて広く行きわたった動機」だというもの。満たされる条件は2つで、両方が要ります——頻繁なやりとりと、安定して互いに気にかけ合う枠組みの中で続くこと。性質も2つ。満腹(satiation)=最小限を超えて増やしても得られるものは逓減する。置き換え(substitution)=関係はある程度まで代えがきく。数の指定ではありません。

03同僚の効果だけを集めた161標本・77,954人の統合がある。2008年のメタ分析。161の独立標本、77,954人で、分母は論文の本数ではなく標本の数と人数。同僚からの支援と対立が、役割の認識・態度・引きこもり・成果へつながる枠組みが検証され、報告はその多くの経路が支持されたところまで。この3本は、同じものを測っていません。01は辞めたかとの結びつき、03は同僚と態度や成果、02は測定ですらありません。

(仮ビジュアル)ベージュの空間で、黒い石の細長い天板を、灰青のガラス・銀の金属・赤い漆という3本の異なる脚がそれぞれ支えているコンソールテーブル
316本の論文の統合・帰属欲求の総説・161標本のメタ分析。まず置かれたのは、この3本。 Visual: ALIFE

数字そのものは動きません。動くのは、引用されていく途中のほうです。落ちやすいのは3か所。

01補正済みの推定値が、実測の値として運ばれる。.56 も −.14 も、実測の相関ではありません。実測を平均した観測値は、順に .50 / .38 / .20 / −.25 / −.26 / −.25 / −.13。7つとも補正前のほうが絶対値でわずかに小さい。補正済みは「測定の誤差がなかったとしたら」の推定、観測値は「実際に観測された強さ」です。外へ出るとき落ちるのは、たいていどちらの値かというラベルのほう。落ちると、同じ数字が一段強い話になります。

02同じ学派の連作が、独立した証拠に見えてしまう。2018年の統合の予測因子「職務への埋め込み(−.26)」は、2001年に提唱された概念です。その提唱者のうち2人が2018年のメタ分析の著者でもある、という入れ子です。2001年の向きは、なぜ辞めるかではなくなぜ留まるか。米国の食料品チェーン177人と病院208人で、4つの変数を統制したあとの上乗せは、病院で有意(p<.01)、食料品で周辺的(p<.06)。いずれも片側で、原典は「おおむね支持された」と。2017年の総説にも同じ著者が入り、原典自身がこの統合を2000年の更新版と位置づけ、当時 .45 だった値が .56 になったと対比しています。6本のうち、ある著者は3本、別の2人は2本ずつ。独立した6つの検証ではありません。

03予測の順位が、行動の指示に読み替えられる。−.14 から出てくるのは、「関係づくりは無駄だ」でも、「居場所を作れば辞めない」でもありません。書かれているのは、辞める行為のいちばん近くにあったのは思考と行動だった、という位置まで。原典自身も、意図を行動の単純な代理として扱わないように、と戒めています。−.14 は幅の広い値でもあり、90%の信用区間は −.30 から .03 でゼロをまたぎます——母集団によっては差がないこともありうる幅です。2017年の総説は、離職研究の100年を、実務的な手立てから理論の構築へ、21世紀にはなぜ留まるかと組織全体の人材の流出へ、と辿ります。そのどこにも、あなたが残るべきか辞めるべきかは書かれていません。

(仮ビジュアル)3つの縦長の区画に分かれた写真。左は薄暗い寝室の乱れた寝具(壁に採光)、中央は窓の外を見ている女性の横顔、右は玄関の床に置かれた上着と鍵
補正済みの値・同じ学派の連作・順位を指示に読み替えること。読み違いは、この三か所。 Visual: ALIFE

どれも、あなたの職場で来月起きることを言い当てるものではありません。統合値も相関も、計算された集団の話だからです。統合は、信頼性と標本誤差の両方を補正したランダム効果モデル。原典の集計では研究の78.9%が米国で、職種は医療・看護系25.9%、金融12.6%、ブルーカラー12.3%、軍9.1%など。予測から離職までの平均の間隔は、およそ16か月。日本の職場の研究がどれだけ入っているかは、たどった範囲では確認できていません。全文まで読めたのは6点のうち2点。読めていないものについては書きません。

この号の6本に、無作為に割り付けた実験は1本もありません。だから「関係を増やせば辞めなくなる」も、「関係づくりは離職に効かない」も出てきません。関係づくりに「離職率が何ポイント下がるか」という値札を貼ると、期待は当てにくいところへ置かれる——というのが、この号の読み筋です。

いちばん近くにあったのは、思考と行動だった。
同僚との関係は、−.14 だった。

だから次の3手も、研究が命じた順番ではありません。人数を書き留めたとき何が起きるかを確かめた研究は、この号にはありません。ここからはALIFEが提案する実践の入口。関係を増やす課題ではなく、誰かに話しかける必要もありません。

TRY IT TODAY

  1. 01COUNT

    いまの職場で、**仕事の用件がなくても話せる相手が何人いるか**を数える。週末の予定、体調、読んだもの、家のこと——どれか1つでも当てはまれば1人。役職も部署も問わない。

  2. 02WRITE

    紙かメモアプリに、**その人数を0以上の整数で1つだけ**書く。相手の名前は書かない。今日の日付を添える。増やすためではなく、いま何人かを知るために。

  3. 03CLOSE

    一度だけ読み返して閉じる。目標も、判定も書かない。0でも構いません。0だと分かっている状態と、分からない状態は違います。

5分。採点はありません。**関係を増やす課題でも、残るか辞めるかを判定する課題でもありません。**多い少ないに、良い悪いもありません。誰にも見せず、提出もしません。組織に所属していない場合は、直近1年で継続的に仕事のやりとりがあった相手を同じ基準で数えれば成立します。**職場のことでつらさが続く・強まる場合は、この課題より先に、産業医や社内外の相談窓口、必要に応じて医療の専門家へ相談してください。**

この号で確かめられたのは、四つ。316本の論文と57の予測因子の統合が、実際に辞めたかどうかとの結びつきを、思考と行動を上位に、同僚との関係(−.14)を最小に置いて報告したこと。7つの値がすべて、測定の誤差を補正した推定値だったこと。1995年の総説が、帰属を強力で基本的な欲求としたうえで満腹と置き換えを書いたこと。161の独立標本・77,954人の統合が、多くの経路を支持したこと。居場所を作れば辞めない、とも、関係づくりは無駄だ、とも書かれていません。——日付が1行、人数が1つ。記録が1件、残るだけです。

SECOND LAYER · FULL SYLLABUS所属・関係の充足を、もっと深く学ぶ。→
HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方

この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。

メタ分析
同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
統計的に有意
「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。
p値
差がないと仮定したとき、偶然でこの結果以上が出る確率の目安。小さいほど偶然では説明しにくいことを表しますが、効果の大きさは表しません。

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本コンテンツは学習目的であり、診断や治療の代替ではありません。