IN FORTUNE MAKING · ISSUE 159
● 12 SEC判断力は疲れると落ちる——その証拠として、ひとつの図が15年ほど運ばれてきました。2011年の研究が、イスラエルの2つの仮釈放委員会で8人の判事が50日に下した1,112件の決定を分析したものです。有利な決定の割合は休憩明けの1件目で約65%、審理が進むとほぼゼロへ下がり、食事休憩のあとまた65%へ戻る。
この号が見るのは、この図の根拠がどこまで測られていて、どこから先が論争なのか。「よく眠れば運が良くなる」とも「疲れていると判断を誤る」とも言いません。どの研究もそれを測っておらず、決着もしていないからです。同じ2011年、同じ雑誌に反論が載り、著者らはその年のうちに再反論を出しています。
身体的持続力(Physical stamina)は体力の総量の名前ではなく、判断の質がいつやるかでどれだけ動くか、という一点。枠は体調でも気力でもなく時刻です。ただし——判断を決まった時刻に寄せると良い結果につながる、という関係を確かめた研究を、この号は扱っていません。
置かれてきたのは、現場の記録の分析と、実験室で人を割り付けた研究。そして冒頭の図をめぐる論文は4本ありますが、独立した4本ではありません。同じ1,112件をめぐる、原著・反論・再反論・再解析の連なりです。

答えを作ったのは、イスラエルの1,112件の決定、それを別の仮定で再現したシミュレーション、米国の実験室の健康な成人48人。まず置かれたのは、この3本です。
01同じ年に、同じ雑誌へ反論が載った。この図は、各セッションの1件目で約65%、ほぼゼロへ下がり、食事休憩のあと約65%へ戻る。著者らの語は「示唆する」まで、消耗は導入部の推測にとどまります。同じ年・同じ雑誌の反論が突いたのは並び順。弁護人の付いていない受刑者は最後に回されやすく、その側はもともと認められにくい。「不利」に含まれる後日再審査の先送りを却下から外して数え直すと、原著のデータでも低下は約75%から42%へ変わります。
02合理的な判事でも、右下がりは出た。著者らは同じ年のうちに再反論を出しています(本号は再解析の記述経由でしか確認できていません)。3つめの説明はシミュレーションです。有利な決定は平均7.37分、不利は平均5.21分。休憩前に残り時間が減れば、時間のかかる案件は次の枠へ回る。偏りのない完全に合理的な判事が無作為な順序で処理しても、右下がりは出ます。結論は「大部分は説明できるが、すべてではない」まで。一方、消耗そのものは23の研究室の追試で効果量d(差をばらつきを単位にした値)0.04、ゼロと有意に違いませんでした(N = 2,142)。
03成績は積み上がって落ち、自覚のほうは初日で頭打ちだった。2003年の研究は、米国の実験室で床にいる時間を1日4時間・6時間・8時間へ無作為に割り付け、14日続けました。完全断眠の実験と合わせた参加者は48人(21〜38歳の健康な成人)。4時間と6時間では全課題で量に応じた低下が積み上がり、6時間以下は最大2晩の完全断眠に相当する低下を生んだ。一方、眠気の評定は直後に上がったあとはわずかしか増えず、6時間と4時間を有意に区別しませんでした。評定は増え続ける低下に概ね気づいていなかったことを「示唆する」、と著者ら。

動くのは数字ではなく、そこから先です。手がかりは3つ。
014本の論争が、1本の確定した知見に圧縮される。運ばれるのは原著の図だけ。反論も再反論も再解析も一緒には運ばれません。話として弱くなるからです。4本は独立した4つの証拠ではなく、同じ1,112件をめぐる連なり。第1と第3は著者が同じ3人——著者自身の応答です。どの層も確定していません。「空腹が判決を変える」とも「疲労は判断に効かない」とも書けません。2014年の米国の診療所の研究は、この仮釈放の研究を動機づけに引いています。論争のある1本が、別の分野の出発点になる——というのが、この号の読み筋です。
02割り当てられていない時刻が、実験のように読める。二つめは設計の層。2016年の研究は、デンマークの公立学校の全国テスト(2009/10〜2012/13年度)。受験の時刻が1時間遅くなるごとに成績は標準偏差(点数のばらつきの単位)の0.9%低く、20分から30分の休憩のあとは1.7%高い。どちらも小さい差です。ただしテストの時刻は週ごとの時間割と学校のパソコンの空き具合で決まる。無作為な割り当てではありません。2014年の米国の研究は、23の診療所・204人の臨床医による急性気道感染の受診21,867件で、抗菌薬処方の調整済みオッズ比(1なら差なし)を1時間目基準に算出——2時間目1.01(95%信頼区間 0.91〜1.13)、3時間目1.14(1.02〜1.27)、4時間目1.26(1.13〜1.41)。2時間目の1.01は信頼区間が1をまたぎ、明確な差とは言えません。原典自身、未測定の交絡が残ると書いています。この設計から「時刻が処方を増やした」とは言えません。
03相関のU字が、指示に化ける。三つめは、睡眠時間と死亡率のU字。2010年のメタ分析は、16の前向き研究・27コホート・1,382,999人を統合。短い睡眠の相対リスクは1.12(95%信頼区間 1.06〜1.18)、長い睡眠は1.30(1.22〜1.38)(相対リスクは1なら差なし。どちらも小さめの関連です)。統合は「ランダム効果モデル」(研究ごとに本当の値が違いうると仮定する重みづけ)で、「全研究が同じ結果」ではありません。異質性は短い睡眠で P = 0.02、長い睡眠で P < 0.0001 と有意。観察研究の統合であって、睡眠時間を変えた試験ではありません。著者ら自身、長い側は「不健康であることの、もうひとつの強い指標」でありうると書きます。この図から「眠らないと死ぬ」は作れません。

原典に当たれたのは9点のうち8点。残る1点は本文に届かず、別の論文の記述を通した引用。読めていないものについては書きません。無作為に割り付けた実験は、読めた範囲で米国の実験室の1本だけです。
日本の数字も。『健康づくりのための睡眠ガイド 2023』は、令和元年の国民健康・栄養調査から、1日の平均睡眠時間が6時間未満の人は男性37.5%、女性40.6%、男性の30〜50歳代と女性の40〜50歳代では4割以上と記します(2021年のOECD調査では、日本が対象33か国のうち最短)。ただし調査も設計も違うので、実験の数字とは比べても足し合わせてもいません。助言も引き出しません。何時が良いかは人によって違うので、他人の推奨時刻を借りないでください。
成績の低下は、日を追って積み上がった。
眠気の自覚は、ほとんど増えなかった。
次の3手も、研究が命じた順番ではありません。別の時刻へ移して記録したとき何が起きるかを確かめた研究は、扱っていません。
TRY IT TODAY
- 01PICK
今週の予定から、**判断が要る用件を1件だけ**選ぶ。取り返しのつかない判断や、期限の迫ったものは選ばない。
- 02MOVE
**頭が動く時間帯を、自分で1つ決める。**他人の推奨時刻からは決めず、この1か月で「よく決められた」時刻を思い出す。
- 03LOG
1行だけ書いて閉じる。移す前の時刻、移した先の時刻、決められたかどうか。眠気や体調の点数は書きません。
確かめられたのは4つ。約65%からほぼゼロへ下がり休憩後に戻ると報告されたこと。同じ年・同じ雑誌の反論が並び順を突き、先送りを外すと低下は約75%から42%になること。再反論と2016年の再解析が続き、大部分は説明できるがすべてではないと結ばれたこと。そして実験室の2本の線。
「眠らないと死ぬ」とも、「空腹が判決を変える」とも、どこにも書かれていません。反論は、同じ年に、同じ雑誌に、載っていました。一緒に運ばれなかっただけです——そのほうが話として強かったから、というのが、この号の読み筋。用件が1件、時刻が2つ、決められたかどうかが1つ。記録が1行、残るだけです。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS身体的持続力を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 効果量
- 差や関連の「大きさ」を、単位の違う研究どうしでも比べられるようにした共通の物差し。「効果があるか」ではなく「どれくらいか」を表します。
- 95%信頼区間
- 推定値の「ばらつきを見込んだ幅」。同じ研究を何度もやり直したら、結果の多くがこの幅に収まると期待できます。幅が0(差なし)をまたぐときは、明確な差とは言い切れません。
- メタ分析
- 同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
- 観察研究・前向き研究
- 介入せずに経過を追いかける研究。「関連がある」までは言えますが、「それが原因だ」とは言い切れません。
- オッズ比
- ある状態の「起こりやすさの関連」を表す倍率。1なら差なし、1より大きいほどその群で起こりやすい関連です(確率が何倍、という意味ではありません)。
- 統計的に有意
- 「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。
- 標準偏差
- ばらつきの大きさを表す値。大きいほど、人によって結果がばらばらだったことを意味します。

