IN FORTUNE MAKING · ISSUE 151
● 12 SEC「期待値で考えろ」。その後ろには数値例があります。2019年の論文が扱ったのは、表なら手持ちが1.5倍(50%増)、裏なら0.6倍(40%減)になるコイン投げ。1.5と0.6を足して2で割ると1.05で、多数を横に並べた平均は1回あたりおよそ5%増えます。ところが1.5に0.6を掛けると0.9。表裏が同数なら2回で0.9倍、一人が続けた平均は1回あたりおよそ5%ずつ減っていく。同じ賭けから、数字が2つ出ます。
この号が扱うのは計算のやり方ではなく、その平均がどこまで意味を持つ量なのか、です。「期待値で判断せよ」とも「時間平均を最大にせよ」とも、この号は言いません。記述と指示は、別のものです。
期待値思考(Expected Value Thinking)は正解を出す計算法の名ではなく、ひとつの選択肢について、起こる確率と、起きたときの結果の大きさを別々に書く手つきの名です。(期待値=起こりうる結果を確率で重みづけて足した平均。)
この号が並べるのは、限界のほうです。冒頭の食い違いには名前があります。「多数を横に並べた平均」(集団平均・アンサンブル平均)と「一人が続けた平均」(時間平均)が一致する性質がエルゴード性で、一致しない状態がエルゴード性の破れ。掛け算で効く賭けがその典型です。ここの数字は論文の中の数値例で、市場や商品の記録ではありません。

3本のうち2本は理論の定式化と、その中の数値例。人を測った実験は1本、しかも18人です。まず置かれたのは、この3本。
01同じ賭けで、増える計算と減る計算が出る。掛け算では、増える側と減る側の倍率が対称になりません。表裏が同数出た人の手持ちは2回ごとに0.9倍になり、全員ぶんを合計すれば増えていく。どちらも正しい計算で、違うのは何の平均かです。この号は2019年の論文の本文に到達していません(有料)。数値は、著者自身が公開する同じ数値例で確認しました。
02「意思決定者は、集団にアクセスできない」。2016年の論文の抄録は——期待値は集団(アンサンブル=同じ賭けにさらされる多数の複製)がある場合、あるいはエルゴード的な性質を持つ系においてのみ意味を持つが、意思決定者は集団にアクセスできない。提案は、効用関数を使わず資産の成長を時間平均で評価するやり方。線形と対数の効用関数(対数効用=金額の対数を評価する形)は、加法的な動きと乗法的な動きのエルゴード的な変換だ、とも。確認できたのは公式抄録の範囲まで。理論の定式化で、人を測った結果ではありません。
0318人が2日で、0.15から1.15へ移った。2021年の研究は、当初20人の予定から2人を除外した18人(うち女性6人、平均年齢25.79歳)が、デンマークの脳スキャナの中で2日にわたり賭けを選んだもの。一定額で増減する条件(加法的)の日と、手持ちに倍率がかかる条件(乗法的)の日が1日ずつ。リスク回避パラメータ η(0なら金額そのまま、1なら対数=倍率で評価)のMAP推定値(事後分布の最頻値。平均ではありません)は加法条件で0.1506、乗法条件で1.1534、差の平均は1.001(95%ベイズ確信区間0.829〜1.172=その値が入る確からしさ95%の幅)。どちらもその条件で長期の伸びが最大になる側。報酬は実額(1日あたり0〜2,000デンマーク・クローネ)が口座へ。ただし18人。実験室の2日間の1本で、一般化できる数字ではありません。

数字は動きません。動くのは、そこから引かれていく途中です。手がかりは3つ。
01小さな断り方を、大きな賭けへ拡大する。2000年の較正の定理の仮定は、効用関数が凹である(得るほど増え方が鈍る)ことだけ。米ドルの思考実験——どの資産水準からでも50対50で100ドル失い110ドル得る賭けを断る人は、同じ枠組みを保つなら、50対50で1,000ドル失う賭けを、得の額がどれほど大きくても断ることになる。常に1,000ドル損・1,050ドル得を断る人なら、20,000ドル損の賭けを上限のない得と引き換えでも断ることに。人を測った実験ではなく、枠組みの中の数学の帰結。「人は不合理だ」の話でもありません。
021回きりと、繰り返しを混ぜる。1992年の研究が報告したのは二つ。同じ賭けでも、1回だけ提示されると断る人が、繰り返せると提示されると受ける場合があること。医師が、一人ひとりの患者について個別に判断するときと、より広い視野で捉えるときとで、食い違う判断を示したこと。著者らは、選択肢を切り離して評価する傾向として報告(この号が使うのは定性の範囲まで、数値は扱いません)。先に見るのは、これが1回きりか繰り返せるかです。
03記述を、そのまま助言に読み替える。ここまでの話は「だから期待値で判断せよ」でも「掛け算で効く賭けは受けるな」でもなく、あなたの一件がどう動くかは書かれていません。期待値だけで決める方針への疑いは古く、1738年の論文(1954年に英訳)が引き合いに出されますが、本文に到達していないので中身は書きません。もとになった資料には、期待値で考える人の長期の成果の倍率が置かれていました。たどった範囲では一次情報にたどり着けず、無いことの証明ではありませんが、根拠に使えないので書きません。

全文まで読めたのは6点のうち2点。読めていないものについては書きません。人を測った実験は18人の1本、実験室の2日間だけ。その実験は2016年の定式化を提唱した著者らと同じ枠組みでの検証で、独立した第三者のものではありません。較正の定理は米ドルの思考実験で、日本の生活に重なる保証はなく、日本と米国・欧州の数字を比較も合算もしていません。並んだ値はその論文・その条件・その測り方の記録で、同じことが起きる約束ではありません。
この号は投資助言ではなく、金融商品・口座・銘柄・業者・サービスを勧めることも、やめろと言うこともしません。平均も数値例も、あなたの口座や一件の見通しではありません。集団の話だからです。必要ならファイナンシャル・プランナーや金融機関の相談窓口へ。返済や督促、生活費の不足、借り入れが重なっているなら、記録より先に相談です。金融庁、自治体の生活困窮者自立支援の窓口、法テラスがあります。
多数を横に並べた平均は、1回あたりおよそ5%増える。
一人が続けたときの平均は、1回あたりおよそ5%減る。
次の3手も、研究が命じた順番ではありません。数字を3つ置くと何が起きるかを確かめた研究は、扱っていません。ALIFEが提案する実践の入口です。
TRY IT TODAY
- 01PICK
いま迷っている選択肢を1つだけ選ぶ。**お金の契約——売買・解約・口座・借り入れ・投資に関わる判断は題材にしません。**
- 02WRITE
数字を3つ置く。①うまくいく確率を1割・5割・9割のどれかで。②うまくいったときに得られるものの大きさを10点満点で。③失うものの大きさを、同じく10点満点で。当てるためではなく、**桁を確かめるため**です。
- 03MARK
最後に1行。**③が、二度と戻れない種類のものかどうか。はい・いいえだけ。**今日は何も決めなくて大丈夫。
確かめられたのは三つ。同じコイン投げから、多数を横に並べた平均と一人が続けた平均が、符号ごと食い違う数字が出ること。2016年の抄録が、期待値は集団があるときかエルゴード的な系でのみ意味を持つと書いたこと。18人が2日で、評価の形をおよそ1つぶん動かしたこと。どう選ぶべきかは、どこにも書かれていません。置いた数字が誰の平均なのかを確かめておく——というのが、この号の読み筋。今日残せるのは、確率が1つ、大きさが2つ、はい・いいえが1行。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS期待値思考を、もっと深く学ぶ。→
