IN FINANCIAL FORTUNE · ISSUE 144
● 12 SEC「物ではなく、経験にお金を使いなさい」。出どころは2003年に Journal of Personality and Social Psychology へ出た論文です。カナダの学部生97人を、経験か物かの条件へ無作為に割り当てて直近の買い物を思い出させると、「考えるとどれくらい幸せか」は経験7.51対物6.62(t(95) = 2.91、p = .005)。
この号が見るのは、その差が集め直したときの大きさと、どの条件で見えなくなったかです。この号は投資助言ではなく、「経験を買いなさい」とも「物を買うのはやめなさい」とも書きません。いちばん新しい統合が、小さくなる条件を並べているからです。
金銭的価値観の明確化(Money Values Clarity)は、「何のためのお金か」を測れる形に置き直す点検です。数字が出ているのは二系統——満たされ具合の測り方と、経験と物の比較。同じ人の中で比べた数字ではなく、同じ国の同じ設計でもありません。

答えたのは、北米の大学生と米国の成人、そして英国の口座の利用者。まず測られたのは、この3本。
01満たされ具合は、2つの次元に分けて測られている。2018年に Journal of Consumer Research へ出た研究は、経済的な満たされ具合を、関連はするが別々の2つ——いまのやりくりのストレスと、将来の安心の感覚——に組み立てました。この指標が全体の幸福感を予測する大きさは、仕事の満足度・健康の自己評価・人間関係の支えを合わせたものに匹敵する。予測因は、原因ではありません。
02経験と物の差は、この3つの標本で出ている。2003年の内訳。研究1=カナダの学部生97人。100ドル超(原典は通貨未特定)の直近の買い物を1から9で評定し、「考えるとどれくらい幸せか」は7.51対6.62(t(95) = 2.91、p = .005)。ただし「他のものに使ったほうがよかったか」は3.77対4.52、p = .056で、明確な差とは言えません。研究2=米国の21〜69歳1,279人への電話調査。辞退1%を除く1,263人のうち経験57%(54〜60%)対物34%(31〜37%)。研究3=学部生70人。1週間あけて読み返したあとの気分は経験の側が良い方向(調整平均0.20対−0.20、F(1, 67) = 4.59、p = .036)、来なかった15人は分析外。
03141の研究を集め直すと、統合値は d = 0.383 だった。2021年の同じ誌のメタ分析は141研究・360効果量を集め直します。優位は支持されています——統合値〔複数の研究をまとめた1つの値〕は d = 0.383(95%信頼区間 .336〜.430)。d〔平均の差をばらつきで割った値〕は、目安では「小」と「中」のあいだ。著者らは同じ要旨で、約3分の1は "may be attributable to publication bias"(出版バイアスに帰せられる可能性がある)と書き、効果は従属変数の種類で異なり、優位は幸福や支払意思額よりも「人とのつながり」に結びつく可能性があるとし、小さくなる条件を4つ——否定的な経験・ひとりの経験・社会経済的地位が低い消費者・物が同等の実用的便益をもたらすとき——並べます。

数字そのものは動きません。動くのは、そこから助言が引かれていく途中のほうです。手がかりは3つ。
01平均の優位を、全員に配っている。2018年に Psychological Science へ出た研究は社会階層を入れました——階層が高い人では経験の購入のほうが幸せをもたらした一方、階層が低い人では優位が現れず、物の購入から同じかそれ以上の幸せを得ていた。人生訓として万人に配ると、資源の足りない人に「間違った買い物をした」が一枚乗る——というのが、この号の読み筋です。
02適合の話を、買うものの種類の話にしている。2016年の同じ誌の研究は記録から始めます。英国の銀行の625人・6か月ぶんの出金76,863件。買い物かごと本人の性格の一致(=適合)は生活満足度の予測因、効果は総所得よりも総支出よりも大きかった。ただし、かごの性格を加えたモデルでは p = .062 と限界的。著者らは多重共線性を挙げ、裁量的な支出だけなら有意のままとも注記。相関的なデータで因果の主張は難しい、と著者ら自身が書いています。研究2は実験。142人から外向性の上下3分の1を招いた79人(内向43・外向36)に£7(約10米ドル)の書店かバーの金券を無作為に配り、4時点の気分を測ります。適合した組み合わせは配布前より有意に高く、ずれた側はおおむね横ばい、片方は低下。ただし対称ではありません——"introverts show a strong preference for the book voucher whereas extroverts show no preference for any of the products"(内向的な人は書店の金券を強く選好する一方、外向的な人はどの商品にも選好を示さない)。はっきりしたのは内向的な参加者のほう。返るのは答えは人によって違うという指示だけです。
03弱い負の関連を、我慢の指示にしている。2014年の Journal of Personality and Social Psychology のメタ分析は259の独立標本・753の効果量を統合しました。多面的な尺度(物質主義的な価値と信念)では、物質主義は本人の幸福の低さと有意に関連し、相関は r = −.19(補正後 ρ = −.24。r〔一緒に動く度合いを −1 から +1 で表した値〕は、目安では弱い関連)。関連は危険な健康・消費行動と否定的な自己評価で最も強く、生活満足度で最も弱い。相関の統合であって、物を買うことが人を不幸にするという観察ではありません。

本文まで読めたのは6点のうち2点。残る4点は抄録の範囲までで、読めていない先については書きません。答えたのは、カナダと米国の大学生、米国の成人、英国の口座の利用者と79人。たどった範囲では、日本を対象にした同じ設計の研究は出てきませんでした。金額はドルとポンドで、制度も物価も違います。比較も換算もしていません。測られたのは、自己申告と、取引記録と、短い期間の気分。
どれも、あなたの口座の見通しではありません。平均も統合値も、それが計算された集団の話です。この号は投資助言ではなく、特定の金融商品・口座・サービスを勧めることも、やめろと言うこともしません。必要なら、ファイナンシャル・プランナーや金融機関の窓口など専門家と。返済が滞っている・生活費が足りないなら、記録より先に相談のほうです——金融庁、自治体の生活困窮者自立支援の窓口、法テラスなど、公的な相談先があります。
優位は、条件によっては見られなかった。
約3分の1は、出版バイアスに帰せられる可能性がある。
次の3手も、研究が命じた順番ではありません。支出に一文を付けたとき何が起きるかを確かめた研究は、この号では扱っていません。ALIFEが提案する実践の入口です。
TRY IT TODAY
- 01PICK
直近の支出を3つ選ぶ。金額の大小も種類も問わず、良し悪しで選ばない。**記録が手元になければ、これから1週間で確実に発生する支出3つでも成立します。**
- 02WRITE
それぞれに「何のため」を一文だけ書く。1文で書けないものには×を1つ付けて次へ。
- 03MARK
書いた文に、いまのやりくりの話か、将来の安心の話かの印を付ける。どちらとも言えないものは、印を付けずに残す。
確かめられたのは4つ。①満たされ具合は2つの次元で測られ、幸福感を予測する大きさは仕事・健康・人間関係の支えの合計に匹敵する。②2003年の原典は、97人で7.51対6.62、1,263人(1,279人から辞退1%を除く)で57%対34%、70人で経験の側が良い方向。③141研究・360効果量の統合値は d = 0.383(.336〜.430)で、約3分の1は出版バイアスに帰せられる可能性があり、小さくなる条件が4つ並ぶ。④625人・76,863件で適合は生活満足度と結びつき(モデル2は p = .062)、79人の実験でその効果は非対称。
「物より経験を」は、統合値としては支持されています。ただし同じ要旨は優位が「人とのつながり」に結びつく可能性を書き、社会階層が低い人では優位が現れませんでした。この群の16号は、この号で最後です。今日残せるのは判定ではありません。支出が3つ、一文が3つ(または×)、印がいくつか。記録が、残るだけです。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS金銭的価値観の明確化を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 効果量
- 差や関連の「大きさ」を、単位の違う研究どうしでも比べられるようにした共通の物差し。「効果があるか」ではなく「どれくらいか」を表します。
- 相関係数 r
- 2つのものが連動する強さ。−1〜+1で、0は関連なし。一般的な目安では ±.10=弱い、±.30=中くらい、±.50=強い関連とされます。関連があっても、原因と結果の関係とは限りません。
- 効果量 d・g
- 2つのグループの平均の差を、ばらつきの大きさで割った値。一般的な目安では 0.2=小、0.5=中、0.8=大。g は d を小規模研究向けに補正したものです。
- 95%信頼区間
- 推定値の「ばらつきを見込んだ幅」。同じ研究を何度もやり直したら、結果の多くがこの幅に収まると期待できます。幅が0(差なし)をまたぐときは、明確な差とは言い切れません。
- メタ分析
- 同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
- 統計的に有意
- 「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。
- p値
- 差がないと仮定したとき、偶然でこの結果以上が出る確率の目安。小さいほど偶然では説明しにくいことを表しますが、効果の大きさは表しません。
- 出版バイアス
- 「効果が出た」研究ほど論文として世に出やすい偏り。これがあると、統合した平均値が実際より大きく見えます。
