IN EMPLOYMENT · ISSUE 092
● 12 SEC「保険をかけておけ」。働き口の助言で、これほど広く配られた一文はありません。2016年の研究は、その保険を用意する行為そのものを実験室で調べました。要旨の逐語——「予備の案を頭の中で考え通すという行為それ自体が、目標達成への欲求を下げることによって、あなたの第一の目標における遂行を低下させうると我々は提案する」。
ただし、その第一の目標における遂行とは、実験室で与えられた課題の成績です。応募の結果でも、内定でもありません。この号が扱うのは、開けたままにしておく代償がどこまで測られたか、のほう。いま働いていない人も、読者から外れません。
複数選択肢の並行保持(Parallel Options)は、候補をいくつも同時に生かしておく状態のこと。扱うのは開けたままにしておく代償だけで、選択肢が多すぎると選べなくなるという別の話は扱いません。

では、その代償はどこで、どんな指標で測られたのか。測られた範囲は、助言の一文よりずっと狭い。まず測られたのは、この3つ。
01予備の案を考えた人は、本命の成績を落とした。2016年の研究は三つの実験研究を報告しています。予備の案を考え通すよう無作為に割り当てられた人は、そのあとの第一の目標における遂行が悪くなり(研究1から3)、研究3ではその効果が、目標を達成したいという欲求の低下によって媒介されました。原典が名指すのは考え通すという行為それ自体で、持っていること自体と比べた結果は、たどれた範囲にありません。標本の大きさと効果の大きさは原典の逐語を取れず、数値を出していません。事前登録された追試も見つかりませんでした。
02実験室と現場の距離は、分野ごとに違った。2012年の検討は、82のメタ分析から取った217の実験室・現場の対比で調べ直しました。産業・組織心理学の実験室の結果が最も確かに現場を予測し、社会心理学で見つかった効果は現場で符号が入れ替わる——正から負へ、その逆へ——ことが最も多い。実験室で大きかった効果ほど、現場でも確かに再現しました。「実験室で示された」は「現場でも起きる」の同義語ではありません。
03消えそうな選択肢に、労力と金が投じられた。2004年の研究は、使わないでいると消えていく選択肢を画面上に用意した4つの実験を行いました。要旨の逐語——「消えてしまいそうな選択肢は、意思決定者にその選択肢を開いたままにしておくために、より多くの労力と金を投じさせる。その選択肢自体はほとんど関心を引かないように見える場合でさえもである」。動機は、柔軟性への欲求というよりも一種の損失回避。結果の情報にも、経験の増加にも、費用を目立たせることにも頑健。慣れれば直る、はこの4つの実験の範囲では支えられません。

ここから先で、話はよく別のものへ入れ替わります。手がかりは3つ。
01要旨に無い一般命題を、根拠にしている。よく添えられる一般命題があります——複数の案を並べたほうが、決定はうまくいく。典拠は、168件の意思決定の事例を調べた1993年の研究です。要旨が挙げるのは3つ。有用な実践と手順を統合した「統合された型」が最も成功したが、めったに使われなかった。「設計の戦術」は、緊急性があり、かつ複数の代替案が求められたときに成功率が改善した。「着想の戦術」は広く使われ、めったに成功しなかった。「複数案を検討すると成功率が上がる」とは、書かれていません。しかも対象は組織の意思決定です。
02引用の数を、確かめられた回数だと思っている。なぜ限定条件が落ちるのか。2003年の論文は、引用の中の誤植の分布を手がかりに、ある論文を引用した人のうち原典を読んだのはおよそ20%——100人のうち、およそ20人と推定しました。残りは他の論文の引用リストから写している、という読みです。確率的なモデルからの逆算で、読んだ人を直接数えたものではありません。何度引かれたかは、何度確かめられたかとは別の量です。
03短くなった文のほうを、覚えている。2014年の論文は、そうやって育った主張を学術的な都市伝説と呼びました。実例は、小数点の位置の誤りが、ほうれん草は鉄分の優れた供給源だと数百万の人に信じ込ませたという一件。説明はふつう、著者の怠惰・ずさんさ・不正な出典の扱いと、査読と編集の見落としに求められる、とも。引きやすさは、正しさとは関係がありません。これは学術出版の慣行についての論考で、真偽を判定した研究ではありません。

四つを並べ直しても、矛盾はしていません。測られたのは、課題の成績と、実験室と現場の距離と、消えそうな選択肢に払われた分まで。足りていないのは、この距離を渡った研究のほうです。課題の成績と、応募の結果や内定とを突き合わせた研究は、この号では扱っていません。
標本の断りも置きます。ここで挙げた実験の対象は欧米の大学生と実験参加者で、日本の職探しを対象にした同種の査読研究は、ごく少ないままです。組織の意思決定の研究は事例が対象で、個人の選択ではありません。そして何より、もともと選択肢の多い人ほど、複数を並行して残しておけるという逆向きを排除できません。候補を抱えていられるかは、蓄えや家族の事情や期限が先に決めています。
測られたのは、実験室で与えられた課題の成績。
応募の結果でも、内定でもありません。
次の3手も、研究が命じた順番ではありません。維持費を時間で数えれば選択肢の扱いがうまくなる、と確かめた研究は扱っていません。どの候補にいくら払っているかは、どの論文にも書かれていない。ここからはALIFEが提案する実践の入口です。減らす必要はありません。
TRY IT TODAY
- 01LIST
いま並行して残している選択肢を書き出して数える。応募先でも、働き方でも、決めていない状態でもよい。
- 02TIME
そのそれぞれに、今日そこに使った時間を分で書く。調べた・書いた・考えていた時間を含めてよい。0分でよい。
- 03SUM
最後に、合計時間と、0分だった候補の件数を書き添える。どれを切るかは、今日は決めない。
複数選択肢の並行保持は、上手な保険のかけ方につけられた名前ではありません。確かめられたのは四つ。三つの実験研究で、予備の案を考え通すよう割り当てられた人がそのあとの第一の目標における遂行を落とし、その効果が欲求の低下によって媒介されたこと(測られたのは実験室の課題の成績です)。82のメタ分析から取った217の対比では、現場を予測する度合いが分野・研究テーマ・効果の大きさで違ったこと。
4つの実験では、消えそうな選択肢を開いたままにするために労力と金が投じられ、背後にあったのが柔軟性への欲求というよりも損失回避だったこと。そして168件の事例研究の要旨に、複数案を検討すると成功率が上がるとは書かれていなかったこと。内定が増えるとも減るとも、研究は言っていません。——今日残るのは判断ではなく、候補の件数と、それぞれに今日使った分と、0分だった件数です。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS複数選択肢の並行保持を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- メタ分析
- 同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。

