IN EMPLOYMENT · ISSUE 085
● 12 SEC合わない環境は先に知っておけ、という助言には、たいてい同じ二つの数字が付いてきます。「人と環境の不適合は早期離職の最大の予測因子である(オッズ比 3.1——1なら差なし、1より大きいほど起こりやすい)」と、「事前に把握しておけば、ミスマッチはおよそ4割減る」。まず、その二つを探しにいきました。
査読誌の索引を引いても、3.1 を報告した論文は出てきません。「4割減る」は、出典を書かない人材サービスの解説記事の中だけにあり、参考文献欄をたどっても行き先がありませんでした。言えるのは「存在しない」ではなく、「公開されている範囲では一次情報に到達できなかった」ということだけです。有料の壁の内側や社内の報告書にある可能性は残ります。
この号が扱うのは、合わない職場の見抜き方ではありません。自分が何で機能を落とすかを、どこまで思い出せるか。その記憶がどこまで測られてきたかのほうです。いま働いていない人も、読者から外れません。
嫌悪・回避パターンの認識(Aversion and Avoidance Patterns)は、何に没入できるかではなく、何があると自分の働きが落ちるかを、自分で思い出せるかどうかを指します。扱うのは、自分の側の記憶と、それを補うために配られている数字だけです。

では、その記憶はどこまで信用できるのか。記憶を疑う根拠として持ち出される数字のほうも、同じ検算にかけられます。まず測られたのは、この3つです。
01同じ日に訊いた関係には、偏りが乗る。1998年に Organizational Research Methods へ出た論文は、社会科学6誌の12年分から、同じ対象を複数の方法で測った相関行列を分解しました。ばらつきのうち中身に帰せられるのは 46%、同じ測り方そのものには 32%。構成概念どうしの観測された関係には 26% の偏りが乗ります(26% は内訳の続きではなく、関係の側の別の量)。ただし著者たちは「この水準の偏りは懸念すべきものだが、多くの研究知見を無効にするものではない」と結びます。
02回顧で過大になったのは、良かった側だった。2020年に Motivation and Emotion へ出た経験サンプリング研究は、72人に生じた534件の出来事を、その場と後日の両方で測りました。平均として、過大に見積もられたのは良かった感情のほうで、嫌だった感情はむしろ正確に思い出されていました。ただし嫌だった側が過大になったのは、重要度が低く、気持ちのはっきりしなさが大きかった出来事に限られます。感情一般が対象で、職場の出来事に限った証拠ではありません。
03一日をまとめて訊くと、向きが逆に出た。2009年に Emotion へ出た研究は逆を報告します。前日を場面ごとに再構成させる方法で女性810人(研究1)と615人(研究2)のずれを測ると、一日をまとめて評価する枠では、実際より不快な感情を多く思い出し、ずれは快の側より不快の側で大きいものでした。2本は矛盾しません。違うのは訊き方——出来事ごとか、一日をまとめてか。対象はいずれも女性で、男性を含む集団で同じ形になるかは言えません。

ここから先で、話はよく別のものへ入れ替わります。手がかりは3つ。
01単位の書かれていない数字を、受け取っている。オッズ比・ハザード比・相関係数・割合は、別々の量です。ハザード比はある時点での起こりやすさの比、相関係数はマイナス1から1までに収まり、割合は100%を上限にします。だから 3.1 は、少なくとも相関係数ではありえません。単位の書かれていない数字は、どの目盛りにも置けるという意味で、どの目盛りにも置けません。「およそ4割減る」も、何を分母にした4割かが書かれていません。
02「膨らむ」を、「無効」と読み替えている。2010年に Journal of Business and Psychology へ出た論文は、査読する側に広まった受け取り方を誤解として名指ししました。「自己申告どうしの関係は必ず膨らんでいる」「別の情報源のほうが常に優れている」「評価者の違いは測定方法の違いと同じだ」の三つです。1998年の分解が示したのは偏りの大きさであって、自己申告を捨てよという指示ではありません。
03効果を測っていない章を、効果の根拠にしている。代表文献として、1996年の一本がよく挙がります。ただしそれは査読誌の論文ではなく、Research in Organizational Behavior 第18巻に収められた1〜74ページの理論章です。仕事の中の出来事が気分を動かし、気分が態度と行動を動かす道筋を整理したもので、効果の測定を含む研究ではありません。測っていないものを根拠に引くと、引用の鎖の先で「確かめられている」ことになります。

二つの数字は、公開されている範囲では一次情報に到達できませんでした。同じ人に同じ日に訊いた関係には偏りが乗り、それでも著者たちは、多くの研究知見を無効にするものではないと結びます。回顧のずれは、出来事ごとに訊けば良かった側へ、一日をまとめて訊けば不快な側へ出ました。向きを決めていたのは出来事の性質ではなく、訊き方のほう——というのが、この号の読み筋です。測ったのは72人・534件と、女性810人・615人。期間はいずれも数日から数週間です。
全文まで読めたのは6点のうち2点。3点は抄録の範囲まで、1点は要旨にも到達できていません。読めていないものについては書きません。題名に「実際の離職」を掲げた2020年の一本があること自体を、多くの研究が測っているのは辞めたかどうかではなく辞めたいと思うかのほうだ、という相場の表れとして読みました——というのが、この号の読み筋です。日本の労働市場を対象にした査読研究は、探した範囲ではごく少ないままです。記録を続けられる人ほど余裕がある、という逆向きも排除できません。
同じ「回顧のずれ」でも、向きは逆に出た。
違っていたのは、訊き方のほう——というのが、この号の読み筋。
次の3手も、研究が命じた順番ではありません。その日のうちに書き留めれば回顧のずれが小さくなる、と確かめた研究を、この号では扱っていません。測られたのは、ずれが出ることと向きが訊き方で変わることまで。ここからはALIFEが提案する実践の入口です。正しく思い出す必要はありません。計器が1つ増えれば足ります。
TRY IT TODAY
- 01PICK
直近1か月で「もう嫌だ」と思った場面を、1つだけ選ぶ。
- 02WRITE
そのとき何が、何回、どの順で起きたかを1行だけ書く。たとえば「予定が3回変わった。知ったのは、いずれも当日」。
- 03CHECK
人を指す語(名前・役職・「あの人」)が入っていないか、書いたあとに一度だけ確かめる。日付を添えて閉じる。
嫌悪・回避パターンの認識は、合わない職場を先に見抜く技術の名前ではありません。確かめられたのは四つ。二つの数字の一次情報に、公開されている範囲では到達できなかったこと。同じ日に訊いた関係には 26% の偏りが乗り、それでも著者たちが「多くの研究知見を無効にするものではない」と結んでいること。72人・534件では良かった感情のほうが回顧で過大だったこと。女性810人・615人では、一日をまとめて評価させると不快な感情のほうが多く思い出されたこと。
皮肉なのは、合わない環境を早めに見抜けと説くこの話題で、いちばん見抜かれずに流通していたのが、その助言に添えられた数字のほうだったことです。——今日残るのは結論ではありません。日付が1つと、状況の言葉だけで書かれた1行。計器が、1つ増えるだけです。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS嫌悪・回避パターンの認識を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- オッズ比
- ある状態の「起こりやすさの関連」を表す倍率。1なら差なし、1より大きいほどその群で起こりやすい関連です(確率が何倍、という意味ではありません)。
- ハザード比
- 追跡期間の中で出来事が起こる「速さ」の比。1なら差なし。例えば0.8なら、その期間に起こる勢いが2割低かったことを表します。
