IN ARTS · ISSUE 080

(仮ビジュアル)暗い寝室で、白い枕に頬をつけて目を閉じ、白い掛け布団にくるまって眠っている女性を横から写した写真● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

チェスの棋士に2種類の問題を解かせる。定番だが最善ではない解も、より良いが見慣れない解もある問題と、定番の解だけを封じた問題。2008年の実験が報告したのは、見慣れた解が盤上にあるだけで、熟達者の成績が、およそ3標準偏差ぶん低い技能水準の棋士と同程度まで下がったことでした(標準偏差はばらつきの単位。3つぶんは、はるかに格下です)。

同じ年の姉妹研究は眼球運動を記録しています。別の手を探していると報告しながら、視線は最初に思いついた解に関係する特徴に留まっていました。

この号が扱うのは発想法の技法集ではなく、熟達と創造の関係が、どこまで測られてきたかのほうです。「型を壊せるのは型を持っている者だけだ」——測られた範囲は、その一文より少し狭い。芸事をしていない人も、読者から外れません。

技術的創造性(Technical Creativity)は、思いつきの多さにつけられた名前ではありません。身体や道具を通した技を数年積んだ人が、その熟達の上で新しいやり方をどう作るか、という一点を指します。近くに置かれてきたのは、熟達研究、制約と創造の研究、発散思考テストの妥当性の議論。どれも「たくさん思いつく力」は測っていません。測られたのは、熟達がもたらすものと、熟達が同時に狭めるもののほうです。

(仮ビジュアル)夕暮れの大きなガラス壁ぎわに、黒い長袖と黒いパンツで裸足のまま立ち、海と岩場のほうへ目を向けている女性。ガラスにその姿が薄く映り込んでいる写真
同じ熟達が、選べる手を増やし、最初に浮かぶ手を強くする。測られてきたのは、その両方。 Visual: ALIFE

では、その熟達は何年で積まれ、どこで詰まるのか。「まず10年、それから創造」と語られてきましたが、数字はその形に収まっていません。

0110年で止まらなかった。ただし平均の話。2007年の研究は、現代の小説家215人の、最初の出版から最高傑作までの年数を数えました。平均10.6年・標準偏差9.3。デビュー作が最高作だった37人を除くと12.8年。標準偏差は平均とほぼ同じ大きさで、平均であって、あなたの年数ではありません。熟達に届くまでと、そこから先は別物で、専門性だけでは足りない——著者らの結論です。

02見慣れた良い手で、3標準偏差ぶん格下と同程度に。2008年の実験の参加者は、グランドマスター6人(レーティング2554)から1400〜2000の棋士24人まで。定番だが最善ではない解のある問題と、それを封じた問題を解かせています。見慣れた解があるだけで、熟達者の成績はおよそ3標準偏差ぶん低い水準の棋士と同程度まで下がりました。国際マスターが2つの解のある問題で最善手に届いたのは50%、格下のクラスAは1つの解の問題で63%。各群6人から24人の実験室の課題です。

03名詞を1つ指定された押韻は、無制約より高く評価された。2017年の研究は、グリーティングカードの2行の押韻メッセージを作らせました。指定された名詞を必ず入れる条件の創造性評価は平均5.18、指定のない条件は4.29——大学生64人(分析59人)、p < .0001、偶然のばらつきでは説明しにくい差です。第2研究でも5.13対4.36。評価者による採点で、課題は2行の押韻1つです。

(仮ビジュアル)ベージュの壁の前で、黒い石の細い天板を、青いガラス・銀の金属・赤い漆という三つの異なる脚がそれぞれ支えている彫刻的なコンソールテーブル
10.6年、3標準偏差ぶん格下の水準、5.18対4.29。まず測られたのは、この3つ。 Visual: ALIFE

ここで話を止めると、「熟達して、制約を1つ課せばよい」という結論に着地します。それを検算しておきます。

01制約は、多いほど良いと読んでいる。2019年の分野横断のレビューは、3,901件の文献から145の実証研究を精査しました。結論は、制約と創造性・革新の関係は逆U字——制約がゼロのときも、過大なときも、創造は下がる。制約は投入・過程・産出の3種類。正負が割れたのは、それぞれが同じ曲線の別の部分を切り取っていたためだ、と。145本を統合した整理であって、145本の結果が一様だったという意味ではありません。曲線のどこにいるかを示す数字は、ここにはありません。

02テストの点を、作った量だと読んでいる。2008年のメタ分析は、創造的達成と知能検査・発散思考テストの関係を統合。知能検査は17研究・5,544人で r = 0.167、発散思考テストは27研究・47,197人で r = 0.216(相関係数は0なら関連なし、1に近いほど強い連動)。発散思考のほうが有意に高い、と報告されますが、r = 0.216 のとき共有される分散は5%に満たない大きさです。2012年の総説も、発散思考テストは達成の測定ではなく、潜在能力の推定であると位置づけます。いずれも観察された関連の統合です。

03積んだ年数を、そのまま達成の予測に使っている。2000年の研究は、59人のクラシック作曲家による現存する911のオペラで、7種類の領域関連経験が美的成功をどれだけ予測するかを検討。右肩上がりは出ていません。関係は単調ではなく、頂点は作曲経験のおよそ27年から37年。ジャンル特有のオペラ経験は美的成功と負の相関、音楽形式をまたぐ訓練は達成の高さと結びつきました。さらに多作と寡作で美的成功の明確な差は検出されず(β = .13、t = 1.58、p > .1——偶然では説明しにくいとまでは言えない水準)、差がないと証明されたのでもありません。作品数が増えれば成功作も失敗作も増える、という見方と整合的だ、と著者。

(仮ビジュアル)縦三分割の帯状の写真。左は薄暗い寝室の乱れた寝具、中央は窓辺で外を見ている女性の横顔、右は玄関の床に脱ぎ置かれた上着と鍵
制約の量・テストの点・積んだ年数。取り違えは、数字の読み方のほうに出る。 Visual: ALIFE

六つを並べ直すと、矛盾はしていません。熟達には年数がかかり、その熟達が見慣れた良い手を強くもする。制約は1つなら評価が高く、統合すれば逆U字だった。

よく引かれるもう一つの一文——もっとも多作で高く評価された作曲家は、熟達に到達するまでの時間が短かった。これは、59人・911のオペラを分析した2000年の研究の結果ではありません。同じ著者の別の研究(1991年・作曲家120人)の知見で、2000年の論文が序論で引用しているもの。たどれたのはその引用の範囲までで、1991年の原論文は確認していません。混ぜると、「偉大になる人は早く仕上がる」の一文だけが、実際より広い証拠に支えられて見えます。

引いたのは、チェスの上位棋士、クラシックの作曲家、出版された小説家、大学生の押韻課題。欧米に偏り、記録が残るほど成功した人が多い——うまくいかなかった人は、どの標本にも入っていません。あなたの分野の数字が、10.6年や5.18になるわけではありません。

別の手を探していると報告しながら、
視線は最初の解に留まっていた。

だから次の3手も、研究が命じた順番ではありません。自分で制約を1つ課せば創造的達成が増える、と確かめた研究を、この号では扱っていません。測られたのは、指定された名詞を含める押韻の評価が高かったところまで。ここからはALIFEが提案する実践の入口です。上手くなる必要はありません。

TRY IT TODAY

  1. 01SET

    制約を1つだけ決めて、先に紙かメモへ書く。3音だけで即興する、利き手でないほうで書く、30秒で言い切る——どれか1つ。

  2. 02MAKE

    その制約を守ったまま、小さいものを1つ最後まで完成させる。途中で制約を増やさない、外さない。

  3. 03KEEP

    完成したもの、または作っている場面を1枚だけ記録に残す。上手いかどうかは書かない。守り切ったかどうかだけを書く。

10分。**採点はありません。**作品の出来ではなく、制約を守って完成まで行けたかどうかの記録です。身体を使う制約なら、**医療者から活動の制限を受けている人はその指示が優先**。痛みや強い負荷を感じたら中止してください。人の技量を評価する課題ではありません。人を撮るときは同意を取り、共有しない場所へ。つらさが続く・強まるときは、この課題より先に医療・支援の専門家へ。

思いつきの多さの話ではありませんでした。確かめられたのは四つ。熟達に届くまでは平均10.6年で、人によってまるで違ったこと。見慣れた良い手があるだけで熟達者の成績が格下の水準まで下がり、本人は気づかなかったこと。名詞を1つ指定された押韻のほうが高く評価され、統合すれば関係は逆U字だったこと。発散思考テストと創造的達成の相関は r = 0.216 だったこと。創造的になるとも、良いものができるとも、ここまでの研究は約束していません。残るのは評価ではなく、制約が1つと、守って完成したものが1つです。

SECOND LAYER · FULL SYLLABUS技術的創造性を、もっと深く学ぶ。→
HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方

この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。

相関係数 r
2つのものが連動する強さ。−1〜+1で、0は関連なし。一般的な目安では ±.10=弱い、±.30=中くらい、±.50=強い関連とされます。関連があっても、原因と結果の関係とは限りません。
メタ分析
同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
統計的に有意
「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。
p値
差がないと仮定したとき、偶然でこの結果以上が出る確率の目安。小さいほど偶然では説明しにくいことを表しますが、効果の大きさは表しません。
標準偏差
ばらつきの大きさを表す値。大きいほど、人によって結果がばらばらだったことを意味します。

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本コンテンツは学習目的であり、診断や治療の代替ではありません。