IN ARTS · ISSUE 075

(仮ビジュアル)縦三分割の帯状の写真。左は薄暗い寝室の乱れた寝具、中央は窓辺で外を見ている女性の横顔、右は玄関の床に脱ぎ置かれた上着と鍵● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

プロのジャズピアニストを磁気共鳴画像装置に入れ、決められた旋律を弾く条件と、即興する条件を交互にやらせる。2008年のこの実験で起きたのは——外側の前頭前野が広く沈み、内側の前頭前野の前寄りが焦点的に立ち上がる。自己監視に関わるとされる領域が沈む。この絵は、その後「即興とは、内なる批評家を黙らせることだ」という言い方で配られます。参加者は6人です。

そして2015年の総説が、静かに厄介なことを書きます。外側については、沈むと報告した研究と、むしろ上がると報告した研究の両方がある。この号が扱うのは即興のこつではなく、脳の所見がどこまで測られてきたかのほうです。楽器を持たない人も、読者から外れません。

即興・適応能(Improvisation)は、決めていなかったことを、その場で崩れずにやる力を指します。ジャズのソロ、話芸の切り返し、残りもので作る一皿。手持ちのものをその場で選んで置く形は共通です。測られてきたのは、その最中の脳。何が思いつくかではなく、出しているあいだにどの領域の活動が上がり、どこが下がるか。新しい型そのものを作り出す力の話とは、範囲が分かれます。

(仮ビジュアル)薄暗い部屋の大きな鏡の前で、黒いローブ姿の女性が、鏡に映った自分の顔を静かに見つめている写真
測られてきたのは、自分を見張っている側の活動。 Visual: ALIFE

では、その活動はどちらへ動いたのか。「監視が下がる」と語られてきましたが、そう書ける範囲は、研究をまたぐたびに少し狭くなります。まず測られたのは、この3つです。

016人の脳で、外側が沈んだ。2008年の実験は、プロのジャズピアニスト6人——全員が右利きの男性、21〜50歳、平均34.2歳で、決められた旋律と即興を比べました。即興のとき、外側の前頭前野と眼窩の外側部が広く沈み、内側の前寄りが焦点的に立ち上がる。感覚運動の領域は広く活性化し、扁桃体や海馬を含む辺縁系の一部は沈みました。ただし6人の、装置の中で演奏する条件下の所見です。

0212人のラッパーでも、向きは同じ。2012年の実験は、同じことを言葉の側で試しました。対象はフリースタイルの即興を行う男性のラッパー12人——平均30.3歳、23〜36歳、職業経験は5年から18年。即興では内側前頭前野の活動が上がり、背外側前頭前野が下がりました。著者らはこの解離を、意識的な監視と意志的な統制が働いていない状況で、刺激から独立したふるまいが展開しうる文脈だと述べます。2本とも男性のみで、6人と12人です。

037人が挙げたのは、4つの出どころ。2011年の研究は、第一線のジャズ演奏家7人に即興のソロを録音させ、直後に録音と楽譜を見ながら思考を語らせています。全員が、来る区間の特徴を大まかに定める見取り図を持ち、演奏しながら自分の音を評価して次の設計に織り込んでいました。出どころは4つ——記憶からの取り出し、和音上の優先、旋律上の優先、それ以前に弾いた素材の反復。無からの創出はありません。7人への面接という質的な報告で、脳の所見を説明したものではありません。

(仮ビジュアル)ベージュの壁の前で、黒い石の細い天板を、青いガラス・銀の金属・赤い漆という三つの異なる脚がそれぞれ支えている彫刻的なコンソールテーブル
ピアノの6人、ラップの12人、面接の7人。まず測られたのは、この3つ。 Visual: ALIFE

ここで話を止めると、「監視を切れば即興ができる」という結論に着地します。それを検算しておきます。手がかりは3つ。

01黙らせれば上手くなる、と読んでいる。2015年の総説は、背外側前頭前野については、脱活性化を報告する研究と、活性化を報告する研究が併存すると書きます。著者はこれを、単独か合奏か、課題の制約、参加者の熟達度という方法上の差に帰しました。どちらかを正しい所見と決めた総説ではありません。限界は、参加者数がおよそ6〜39人と小さいこと、方法の多様性、実験的な制約による生態学的妥当性の低さ、脳の活動から心の働きを逆算する推論への依存。黙らせれば上手くなる、と確かめた研究ではありません。

02経験を積むほど、強く働くと思っている。2014年の研究は、プロのピアニスト39人で即興の経験量と脳活動の関係を調べました。経験量は、背外側前頭前野や下前頭回を含む前頭頭頂の実行系の活動と、負に関連。一方、両側の背外側前頭前野・背側運動前野・前補足運動野のあいだの機能的な結合は、経験量とともに増えていました。この関連は、クラシックのピアノ練習量と年齢を統制しても有意なまま。著者らは、創造的な神経機構が訓練で自動化されうると結論します。39人での関連の観察で、訓練が活動を下げたと示したものではありません。

03上手い人ほど、頭を使っていると思っている。2020年の脳波の研究は、ジャズギター奏者32人の即興を専門家に評価させました。専門家評価の高い即興ほど前頭の関与が小さいという、前頭の活動低下と整合する所見です。さらに、公開演奏の回数として測った経験を統制すると、質を説明したのは右半球、とくに右前頭の活動でした。評価の高い即興は後方左半球の高周波の活動と、低い即興は右側頭頭頂領域の関与と結びつきます。32人を評価した範囲の結果で、評価の高低が何で決まるかを決めたものではありません。

(仮ビジュアル)石造りの建物の広い階段を、黒いロングコートに白いワイドパンツの女性がひとりで下りてくる写真
黙らせれば上手くなると読む・経験で強まると思う・上手さを働きぶりだと思う。 Visual: ALIFE

六つを並べ直すと形が見えます。内側前頭前野が立ち上がる向きは、ピアノの6人でもラップの12人でも揃いました。割れているのは外側で、沈むという報告と上がるという報告が併存しています。総説はそれを方法の差に帰しただけで、どちらかを正しい所見にはしていません。一貫していたのは左の下前頭回、記憶からの制御された取り出しです。7人が挙げた出どころも、記憶と、和音・旋律・それ以前の素材という制約の側です。

取り出す先に何も入っていない場合にどうなるかは、測られた範囲の外です。参加者は6人から39人、ほぼ全員が欧米の職業音楽家で、ジャズピアノ・フリースタイル・ラップ・ジャズギターに偏り、男性のみと記されているのは6人と12人の2本です。武道の乱取りも、話芸の切り返しも、料理の即興も、この範囲では測られていません。

在庫が先、監視を下げるのは後。
——というのが、この号の読み筋。

だから次の3手も、研究が命じた順番ではありません。制約を1つ足すと即興が良くなる、と確かめた研究は扱っていません。ここからはALIFEが提案する実践の入口です。上手い即興をつくる必要はありません。数が1つ出れば足ります。

TRY IT TODAY

  1. 01COUNT

    自分が確実に出せる型を、紙に書き出して数える。フレーズ、技、返し方、切り方、構図、盛りつけ——分野は何でもよい。

  2. 02LIMIT

    そのうち3つだけを使うと決める。決めたら、30秒から1分の即興を1回だけやる。

  3. 03LOG

    終わったらすぐ、実際に使った型を書き出す。3つに収まっていたか、予定になかった型が出たかを添える。

10分。採点はありません。上手い即興をつくる課題ではなく、確実に出せる型の数を一度だけ数えるのが中身です。ひとつも思い浮かばなかった日も、そのまま書きます。芸事でない場合は、料理の味つけや話の切り返しでかまいません。**他人の即興を評価して伝える課題ではありません。**身体や声を使うときは、痛みや無理を感じたところで中止を。医療者から運動や発声の制限が出ている場合は、そちらが優先です。つらさが続く・強まる場合は、この課題より先に医療・支援の専門家へ相談してください。

即興・適応能は、才能につけられた名前ではありません。確かめられたのは四つ。ピアニスト6人の即興で外側前頭前野が広く沈み、内側の前寄りが立ち上がったこと、ラッパー12人でも同じ向きが出たこと、外側については沈むという報告と上がるという報告が併存すると総説が整理したこと、7人の出どころが記憶・和音・旋律・それ以前の素材の4つで、39人では経験量が実行系の活動と負に、結合と正に関連したこと。上手くなるとも、監視を切れば出てくるとも、研究は約束していません。今日残るのは、型の一覧と、選んだ3つ、実際に使った型の記録です。

SECOND LAYER · FULL SYLLABUS即興・適応能を、もっと深く学ぶ。→
HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方

この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。

統計的に有意
「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。

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本コンテンツは学習目的であり、診断や治療の代替ではありません。