IN ARTS · ISSUE 072

(仮ビジュアル)夜の高層階の窓辺に立ち、暗い上着姿で外の街明かりを見ている女性。ガラスにその横顔が薄く映り込んでいる● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

盤面を5秒だけ見せる。1973年の実験では、実際の対局から取った中盤の局面(駒24〜26個)を見せられたチェスのマスターが、1回目に16個を正しく並べ直しました。中級者は8個、初心者は4個。よく引かれるのは、ここまでです。

引かれにくいのは、その先。同じ3人に駒をでたらめな位置に置いた盤面を見せると、成績はほぼ同じ低い水準に並び、棋力と記憶量の関係は見られなくなりました。この号が扱うのは、イメージ練習のやり方ではなく、頭の中の見本がどこまで測られてきたかのほうです。芸事をしていない人も、読者から外れません。

表象の精緻化(Mental Representation)は、記憶力の強さではなく、身体で再現すべき状態をどれだけ細かく思い描けているかを指します。熟達者の記憶の優位が特定の領域と意味の構造に貼り付いているかどうかが、チェスの盤面で繰り返し調べられてきました。同じ人が別の領域でも同じ優位を示すかは、この号で扱う実験からは言えません。

(仮ビジュアル)暗い室内の黒い壁ぎわに立ち、隣の窓ガラスに自分の後ろ姿が映りこんでいる、黒いニットの女性
同じ盤面を見ても、取り出しているものが違う。測られたのは、そこの差。 Visual: ALIFE

「頭の中の見本が細かくなれば上手くなる」と語られてきましたが、測られた範囲は、そこまで広くありません。まず測られたのは、この3つです。

015秒で16個。でたらめだと、並んだ。熟達度の異なる3人——マスター・中級者・初心者に、実際の対局の中盤の局面(駒24〜26個)を5秒だけ見せて再現させた1973年の実験。1回目に正しく置けたのはマスター16個、中級者8個、初心者4個。でたらめな配置では、3人が同じ低い水準に並びます。駒を1個ずつではなくかたまりで扱っている、というのが著者たちの見方。実際、かたまりの75%以上がポーンの連鎖・王を囲った形・同じ色の駒の集まりの3種類でした。参加者3人の実験室課題です。

02最大のかたまりは、11.2個と4.1個。1996年の研究は、でたらめな配置をあらためて調べました。この実験では、棋力による明確な差が見られません(F(2,22) = 0.18——群のあいだの差をばらつきと比べた値で、差が無い場合とほとんど変わりません)。一方、既発表の結果では、強い棋士がわずかに多く再現する小さな傾向が繰り返し現れていました。明確な差とは言えない自前の結果と小さな傾向が、同じ論文に並びます。マスターが扱う最大のかたまりは、対局局面で平均11.2個、でたらめな配置では4.1個。

03ゴルフ未経験者52人。見本が先に動いた。2014年の実験は、ゴルフ未経験者52人を4群(イメージ練習のみ・身体練習のみ・両方・練習なし、各13人)に分け、3日間の練習をはさんで成績と表象の構造を測りました。熟達者の構造との一致を表す指標(大きいほど近い)は、イメージ練習を含む群で0.17から0.44へ、身体練習のみの群は0.24。ただし3日後の保持テストの成績には、群のあいだで明確な差が見られませんでした(p = .275)。指標が動いたことと、成績に差がついたことは別です。

(仮ビジュアル)ベージュの壁の前で、黒い石の細い天板を、青いガラス・銀の金属・赤い漆という三つの異なる脚がそれぞれ支えている彫刻的なコンソールテーブル
5秒の再現、かたまりの大きさ、未経験者52人の表象。まず測られたのは、この3つ。 Visual: ALIFE

ここで話を止めると、「では頭の中で練習しよう」に着地します。検算しておきます。手がかりは3つ。

01身体練習の代わりに、置いている。1994年のメタ分析は、35研究・100個の検定・延べ3,214人を集めました。イメージ練習の効果量は r = .255(d でいえば .527)(r は連動の強さ。一般的な目安では .10 が弱い、.30 が中くらい)。同じ分析で身体練習は r = .364(d = .782)で、イメージ練習の側が小さい。課題でも割れ、頭を使う要素が大きい課題では d = .692、身体的な要素が大きい課題では d = .337(d も一般的な目安では 0.2 が小、0.5 が中くらい)。本号は原論文の全文を確認できておらず、複数の情報源で一致した範囲を、この論文に帰属させて引用しています。減衰の日数として引かれる値は確認できず、扱いません。

02桁を、1994年の数字で話している。2020年のメタ分析は、同じ手続きを24年後にやり直しました。対象は1995年から2018年に発表された37研究。効果は統計的に有意でしたが、大きさは r = 0.131で、1994年の r = .255 のおよそ半分です。効果は練習時間・課題の種類・イメージの種類によって調整されたとも報告されています。効果が消えたという結果ではありません。ただし、イメージトレーニングという言葉が背負ってきた期待の桁とは違います。統合値は統合値であって、37研究が一様だったという意味ではありません。

03完成形を、眺めている。2001年の論文が扱ったのは、イメージ練習の中身ではなく行うときの条件でした。実際に動かすときと頭の中で動かすときが同じ表象を使うという立場から、静かな部屋で目を閉じて完成形を眺めるやり方は条件から遠いと論じ、7項目のチェックリスト——身体・環境・課題・時間・学習段階・情動・視点を示しました。これは実験でもメタ分析でもなく、条件を整理した提案です。本号は全文を確認できておらず、7項目を提案した論文として帰属させています。

(仮ビジュアル)縦三分割の帯状の写真。左は薄暗い寝室の乱れた寝具、中央は窓辺で外を見ている女性の横顔、右は玄関の床に脱ぎ置かれた上着と鍵
身体練習の代わりに置く・古い桁で話す・完成形を眺める。ずれは、読み方のほうに出る。 Visual: ALIFE

六つを並べ直すと、矛盾はしていません。意味のある盤面では16個と4個の差がつき、でたらめな配置ではその関係が見られない。効果量は身体練習より小さく、24年後のやり直しでは r = 0.131。未経験者52人の実験では指標が0.17から0.44へ動いた一方、保持テストの成績に明確な差は見られませんでした。動いたものと、動いたと確かめられたものは、同じではありません。

標本の断りも置きます。ここまでの証拠は、チェス、ゴルフのパッティング、実験室で扱いやすい単純な運動課題に強く偏り、参加者の多くは欧米の学生や競技の熟達者。鮮明さは自己報告でしか測られていません。あなたの領域の数字が、そのまま d = .527 になるわけではありません。

見本の粗さが、直せる範囲の上限になる。
——というのが、この号の読み筋。

次の3手も、研究が命じた順番ではありません。節目に区切って書き出せば頭の中の見本が精密になる、と確かめた研究を、この号では扱っていません。ここからはALIFEが提案する実践の入口。上手くなる必要はありません。書けない節目が1つ見つかれば足ります。

TRY IT TODAY

  1. 01PICK

    いま直したい動作を1つ選ぶ。1フレーズ、1打、1筆、1手順のどれでもよい。

  2. 02REPLAY

    目を閉じて、その動作を頭の中で3回ゆっくり再生する。

  3. 03SPLIT

    始まりから終わりまでを5つの節目に区切り、何がどこにあってどんな感じかを1行ずつ書く。書けなかった節目に印をつける。

10分。**採点はありません。**上手く書けたかではなく、書けなかった節目がどこかが、この記録の中身です。芸事をしていない場合は、料理の一手順や通勤の一区間に置き換えてかまいません。**医療者から運動や動作の制限を受けている場合は、その指示が優先されます。**痛みや違和感が出たら中止してください。誰にも見せません。つらさが続く・強まる場合は、この課題より先に、医療・支援の専門家へ相談してください。

表象の精緻化は、頭の中で上手くなる方法につけられた名前ではありません。確かめられたのは四つ。5秒の提示で16個と8個と4個の差がつき、でたらめな配置ではその関係が見られなかったこと。最大のかたまりが11.2個と4.1個だったこと。効果量が身体練習より小さいと報告され、24年後のやり直しでは r = 0.131 だったこと。未経験者52人の実験で、指標が動いても保持テストの成績に明確な差が見られなかったこと。

上手くなるとも、身体練習の代わりになるとも、ここまでの研究は約束していません。今日残るのは上達ではありません。5行の書き出しと、書けなかった節目の印。粗いところが1つ、見えるだけです。

SECOND LAYER · FULL SYLLABUS表象の精緻化を、もっと深く学ぶ。→
HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方

この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。

効果量
差や関連の「大きさ」を、単位の違う研究どうしでも比べられるようにした共通の物差し。「効果があるか」ではなく「どれくらいか」を表します。
相関係数 r
2つのものが連動する強さ。−1〜+1で、0は関連なし。一般的な目安では ±.10=弱い、±.30=中くらい、±.50=強い関連とされます。関連があっても、原因と結果の関係とは限りません。
効果量 d・g
2つのグループの平均の差を、ばらつきの大きさで割った値。一般的な目安では 0.2=小、0.5=中、0.8=大。g は d を小規模研究向けに補正したものです。
メタ分析
同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
統計的に有意
「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。
p値
差がないと仮定したとき、偶然でこの結果以上が出る確率の目安。小さいほど偶然では説明しにくいことを表しますが、効果の大きさは表しません。

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本コンテンツは学習目的であり、診断や治療の代替ではありません。