IN ARTS · ISSUE 069

(仮ビジュアル)暗い石の台の上に、洋梨とさくらんぼとオーツ麦を盛った器、半分に切った洋梨、水の入ったグラス、麻の布が並んでいる朝食の静物● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

「1万時間やれば一流になれる」。出所として名前が挙がるのは、1993年に Psychological Review へ出た論文です。ところが広めたのは論文ではなく、あとから出た一般向けの書籍でした。その本に、「意図的練習」という語は一度も出てきません。2019年に Frontiers in Psychology へ出た論文で、原著者自身がそう書いています。

この号が扱うのは、練習量の目標ではありません。「1万時間」が、どこまで測られてきたかのほうです。芸事をしていない人も、この号の読者から外れません。

意図的練習(Deliberate Practice)は、練習時間の合計につけられた名前ではありません。1993年の論文の定義が指すのは、次の条件を満たす活動です——資格のある教師による個別の設計。到達すべき状態を思い描けるかたちで示すこと。やるとずれが即座に分かること。修正して何度もやり直せること。全神経の集中を要し、それ自体は楽しくないこと。好きな曲を通しで弾く時間は、この条件を一つも満たしません。

(仮ビジュアル)夕暮れの大きなガラス壁ぎわに、黒い長袖と黒いパンツで裸足のまま立ち、海と岩場のほうへ目を向けている女性。ガラスにその姿が薄く映り込んでいる写真
同じ1時間でも、条件を満たしているかどうかは別に決まる。測られてきたのは、そこの差。 Visual: ALIFE

では、その関係はどこまで測られたのか。書ける範囲は、読み直しのたびに狭くなっています。まず測られたのは、この3つ。

01西ベルリンの40人。測られたのは回想。1993年の研究は、西ベルリンの音楽大学のバイオリン専攻生を教師の評価で3群(最上位・次点・音楽教員志望)に各10人ずつ分け、市内2つのプロ楽団の中堅奏者10人を加えた計40人。18歳までの累積練習時間は7,410時間・5,301時間・3,420時間、群の違いで説明できた割合は η² = 0.48(0なら群で説明できず、1なら全部説明できる)。測られたのは回想と1週間分の日誌。ALIFEは原文を確認できておらず、定義も数値も2019年の追試論文が引用している範囲です。

0226年後の39人。上位2群の差は出なかった。2019年に Royal Society Open Science へ出たのは、同じ設計の直接の追試。米国のバイオリン専攻生39人(3群各13人)で、原研究になかった二重盲検・事前登録・3群同時の統計手続きを足しています。18歳までの累積練習時間は8,224時間・9,844時間・4,558時間。上位2群は順番が入れ替わり、その差は統計的に有意ではありませんでした(t = -0.93、p = 0.364)。明確な差とは言えなかった、ということです。この2群と最下位群の差は残りました。全体は η² = 0.26 で原研究の0.48の半分ほど。原研究では最上位群の95%信頼区間が2,894〜11,926時間に広がり、次点群の平均5,301時間を含みます。

0388研究・11,135人。全領域では12%。2014年に Psychological Science へ出たメタ分析は、88研究・111の独立標本・157の効果量・延べ11,135人。意図的練習が説明した成績のばらつきの割合は、ゲーム26%・音楽21%・スポーツ18%・教育4%・専門職1%未満。全領域では12%。領域ごとの値と全体の値であって、足し合わせて100%になる内訳ではありません。結論は、重要だがこれまで言われてきたほどではない、というもの。統合値であって、88研究の結果が一様だった意味ではありません。

(仮ビジュアル)ベージュの壁の前で、黒い石の細い天板を、青いガラス・銀の金属・赤い漆という三つの異なる脚がそれぞれ支えている彫刻的なコンソールテーブル
西ベルリンの40人、26年後の39人、延べ11,135人。まず測られたのは、この3つ。 Visual: ALIFE

ここから先で、話はよく別のものへ入れ替わります。手がかりは3つ。

01「1万時間」を、原典の結論だと思っている。数字を広めたのは論文ではなく、後発の一般向けの書籍です。2019年の論文で、原著者自身がこう書いています——その本に「意図的練習」の語は一度も登場せず、挙げられた例には本番の演奏や仕事など、定義の条件を満たさない活動が多く含まれている。魔法の数字を支持する証拠はない。国際的なピアノコンクールで優勝する水準なら25,000時間のほうが実態に近いだろう、というのが彼自身の見積もり。論評であって、実測で確かめた研究ではありません。

02補正の前と後を、一つの数字にしている。同じ2014年、Intelligence へ出た論文が、チェスと音楽だけを取り出して測り直しました。測定誤差を補正すると、累積した意図的練習が説明した分散はチェスで34%(6研究・1,083人)、音楽で29.9%(8研究・628人)。先のメタ分析(チェスを含むゲームで26%、音楽21%)より高い値です。どの研究を集め、どんな補正を当てるかで、値は動きます。結論は、必要だが十分にはほど遠い、というもの。説明されなかった分は「別の要因」の内訳ではなく、関連の量であって配分表ではありません。

03下限だけで、必要な時間を語っている。2011年に Current Directions in Psychological Science へ出た総説は、チェスでマスター水準に届くまでの累積練習時間を調べました。ALIFEが抄録で確認できたのは「最低でも約3,000時間」という下限まで。よく引かれる上限値や平均値、「上限を超えても到達しなかった」という記述は、一次資料で確認できていないため使っていません(二次資料でも値が食い違います)。主張は「必要だが、十分ではない」。チェス一領域の話です。

(仮ビジュアル)縦三分割の帯状の写真。左は薄暗い寝室の乱れた寝具、中央は窓辺で外を見ている女性の横顔、右は玄関の床に脱ぎ置かれた上着と鍵
原典の結論だと読む・補正の前後を混ぜる・幅を平均で代表する。ずれは、数え方のほうに出る。 Visual: ALIFE

反論も同じ確度で置きます。2016年に Perspectives on Psychological Science へ出た応答で、原著者はメタ分析のやり方を批判しました。あらゆる種類の練習時間を足し上げることは、すべての練習活動が成績に等しく寄与するという仮定を置くのに等しい。集計対象には、団体練習も、試合も、テレビでの観戦まで含まれている。2019年の論文には、原定義を満たす研究に絞った再集計もあり、説明される分散は約29%、測定の信頼性を補正すると61%まで上がります。どちらが正しいかは、ここでは決まりません。値は、何を練習として数えるかに依存しています。

標本の断りも置きます。引いた研究は、チェス・音楽・スポーツという記録の残りやすい領域の、欧米の学生を中心とした小さな標本に偏っています。1993年も2019年の追試も、音楽大学に在籍できた人だけの比較です。途中で辞めた人、入学しなかった人は数に入っていません。練習時間も、日誌と何年も前の記憶の申告からの再構成です。回想は、いま自分が上手いと思っているほど長めに出ます。あなたの領域の数字が、そのまま26%や12%になるわけではありません。

争われているのは、練習の効き目ではなく、
何を練習として数えるか。
——というのが、この号の読み筋。

だから次の3手も、研究が命じた順番ではありません。5つの条件を数えると上達する、と確かめた研究を、この号では扱っていません。ここからはALIFEが提案する実践の入口です。上手くなる必要はありません。

TRY IT TODAY

  1. 01PICK

    いま身につけようとしている技を1つ選び、**できない箇所を1つだけ**切り出す。通しでやらない。

  2. 02RUN

    その箇所だけを15分。成功と失敗が自分で判別できる形にして、やり方を1つずつ変えながら繰り返す。

  3. 03SCORE

    5つの条件——①今の自分の力を少し超える課題だったか ②到達すべき状態を具体的に思い描けていたか ③やるたびに成功と失敗が自分で判別できたか ④やり方を変えてやり直したか ⑤楽しくはなかったか——に○か×を書き、×を1つ選んで、明日どう直すかを1行添える。

15分。**採点するのは練習の中身であって、あなたではありません。**○が少ない日も、そのまま書きます。芸事でなくても、仕事の手順や語学の発音などでかまいません。**身体を使う稽古では、医療者から受けている運動や活動の制限のほうが先です。**痛みや違和感が出たら中止してください。他人の技量を採点する課題ではありません。録音・撮影して確かめる場合は、本人の同意を取り、共有しない場所に保存してください。つらさが続く・強まる場合は、この課題より先に、医療・支援の専門家へ相談してください。

確かめられたのは四つ。26年後の追試で上位2群の順番が入れ替わり、その差は有意でなかったこと(p = 0.364)。88研究・延べ11,135人のメタ分析で説明された分散が、ゲーム26%から専門職1%未満まで開き、全領域では12%だったこと。補正した再集計ではチェス34%・音楽29.9%と値が動くこと。「1万時間」を広めた本に「意図的練習」の語が無いこと。一流になれるとも、何時間で届くとも、ここまでの研究は約束していません。今日残るのは合計時間ではありません。切り出した箇所が1つと、○×が5つと、明日直す1行。周回の数が、1つ増えるだけです。

SECOND LAYER · FULL SYLLABUS意図的練習の質を、もっと深く学ぶ。→
HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方

この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。

効果量
差や関連の「大きさ」を、単位の違う研究どうしでも比べられるようにした共通の物差し。「効果があるか」ではなく「どれくらいか」を表します。
95%信頼区間
推定値の「ばらつきを見込んだ幅」。同じ研究を何度もやり直したら、結果の多くがこの幅に収まると期待できます。幅が0(差なし)をまたぐときは、明確な差とは言い切れません。
メタ分析
同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
統計的に有意
「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。
p値
差がないと仮定したとき、偶然でこの結果以上が出る確率の目安。小さいほど偶然では説明しにくいことを表しますが、効果の大きさは表しません。

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本コンテンツは学習目的であり、診断や治療の代替ではありません。