IN FAMILY · ISSUE 044
● 12 SEC「境界線を引きなさい」。いま自己啓発の本でよく見かける助言です。線を引けば楽になる——そう言われると、そんな気もしてきます。ところが家族を扱った研究を並べると、この助言が前提にしている状況のほうが、そうそう揃わないと見えてきます。
はじめに範囲を。この号が扱うのは、線引きという助言がどこまで研究に支えられているかで、あなたの家の線の正解ではありません。家族の形を採点する号でもない。いま家庭の中に支配・侵入・暴力・恐怖があるなら——受けている側でも、してしまう側でも——この号より先に、地域の相談窓口や緊急の連絡先へ。それが先です。
境界(Boundaries)とは、家族の中で誰がどの決定や会話に参加するかを決めている暗黙の規則のこと。1974年の著書が家族療法へ持ち込んだ枠組みです(原著は書籍で、全文は確認できていません。概念の紹介にとどめます)。この枠組みが描く失敗は、片端ではなく両端にあります。薄すぎて、誰かの感情が全員の感情になる側。厚すぎて、助けを求める信号が届かない側。中間が、閉じてはいるがノックすれば開く境界だ、という見立てです。

線引きの助言は、たいてい「引けば、引いた状態になる」という前提の上に立ちます。家族の研究が数えてきたのは、その前提が成り立つ場所と、成り立たない場所のほう。測られているのは3つです。
01近さと、飲み込みは別だった。1996年の分析は、家族の凝集——支え合うやりとり——と絡み合い——個の輪郭が消える状態——が、測定上べつの構成概念だと示しました。凝集は青少年の内在化・外在化の問題の少なさと、絡み合いは問題の多さ、とりわけ内在化の問題と関連します。ただし青少年の観察データの関連で、近ければ問題が減ると示したものではありません。「うちは仲がいい」という自己申告は、この二つを区別しません。
02世話役だった子の関連は、12研究で r=.14前後。子が年齢に不相応に親の役割を引き受けること——きょうだいの世話、親の愚痴の相談役、家計の管理——は親役割代行と呼ばれます。2011年、12研究を統合したメタ分析で、子ども時代の親役割代行の自己報告と大人の心理的な問題は有意に関連しました。ただし統合値としての平均効果量はr=.14前後と小さく、標本の構成などで変動します。12研究が一様だったという意味ではなく、すべて記憶をさかのぼった自己報告。コストは実在しますが、宿命の証明ではありません。
03仕事と家庭の線は、適合で読まれた。家庭と仕事のあいだは、輪郭が制度で決まる分、線を引きやすい場所です。2006年、働く人325人の研究は、分離を好む程度と、職場が実際に許す程度のずれに注目しました。関連したのは、分離か統合かという方針ではなく、好みと環境の一致のほう。ずれている人ほど衝突・ストレスが高く、満足が低い。2014年の総説が一つ足します。分離の好みと衝突の関連は研究間で一貫しない一方、実際に分けられているかという行動の側は、仕事から家庭への衝突の少なさと関連する、と。いずれも働く成人の自己報告で、賃金労働を前提にした標本です。自営・シフト勤務・在宅の介護と併走する生活は、この標本の外にあります。

数字より先に、助言の側がねじれます。よくある三つを。
01「引けば、引いた状態になる」と考える。2007年に整理された曖昧な喪失の理論は、線のありかが確定できない状況を二つの型で描いたとされます。身体はここにないが、心理的には家族の中にいる(行方不明・離婚後の親・遠く離れて暮らす家族)。身体はここにあるが、心理的にはもういない(認知症・依存症・重い抑うつ)。家族の負荷は境界の侵犯よりも、誰がこの家族の中にいるのか確定できないこと——境界の曖昧さ——から来る、という論です。この論文も全文は確認できておらず、理論の紹介にとどめます。線を引けと言われても、引く位置が決まらない場面がある。
02区切りをつければ、終わると考える。2012年の論文は、区切りをつける——クロージャー——という理想そのものを神話と呼び、曖昧な喪失では悲嘆の最終的な解決を治療の目標に置くべきではないと論じました。置かれるのは、確定しないまま機能すること、矛盾する二つの考え(もういない・まだいる)を同時に持てることのほう。これは臨床の実践者に向けた論考で、二つの目標の効果を比べた試験ではありません。
03距離を取るか、全部受けるかの二択にする。絶縁か全面開放かの二択は、条件を設計するより簡単で、だから流行します。ただし研究が比べたのは、切るか受けるかの二択ではありません。接続を断つのではなく、いつ・どれだけ・どの議題で開くかを決める——ここは検証された知見ではなく、両端で失敗するという古い図式と、行動としての分離が衝突の少なさと関連したという結果から、ALIFEが引いた読み筋です。この決め方の効果を比べた実験はありません。

三つの結果に共通するのは、測り方の狭さです。どれも欧米の標本と自己報告に偏り、家族の形も限られています。ひとりで暮らす人、親と離れて暮らす人、家族と呼ぶ相手が友人である人は、この標本の中にほとんど入っていません。
測られたのは、線の正解ではない。
線が引ける場所と、引けないと論じられた場所だった。
完璧に線を引ける人になることが、前提ではありません。研究が比べたのは線の引き方の上手さではなく、好みと環境が合っているか、実際に分けられているかまで。次の3手も、研究が命じた順番ではありません。ALIFEが提案する、書き出しの入口です。
TRY IT TODAY
- 01PICK
いま家族関係でいちばん消耗している接点を、一つだけ選ぶ。
- 02WRITE
そこに何が、いつ流れ込んでくるかを一行で書く。
- 03SET
受けられる条件——いつ・どれだけ・どの議題なら——を一行足す。
家族の形は、こちらの測量を待たずに動きます。子は育ち、親は老い、暮らす場所も相手も変わる。今日決めた条件が、来年には合わなくなる。それは線の引き方が下手だったからではなく、線の向こう側が動いたからです。確かめられたのは三つ。近さと絡み合いが別物として測られたこと、世話役だった子のコストが r=.14前後という小ささで見つかったこと、仕事と家庭では好みと環境の一致が読まれたこと。あなたの家の線の位置は、そこにありません。引き直しを失敗と数えないこと——それが、この号の読み筋です。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS境界を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 効果量
- 差や関連の「大きさ」を、単位の違う研究どうしでも比べられるようにした共通の物差し。「効果があるか」ではなく「どれくらいか」を表します。
- メタ分析
- 同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
- 統計的に有意
- 「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。

