IN BODY · ISSUE 030
● 12 SEC画面には「深い睡眠 1時間20分」と出ている。けれど、手首に着いているのは睡眠計ではありません。動きと、皮膚を通る光の変化を拾う装置です。深い睡眠が何分だったかは、測られた値ではなく、その機種の計算が出した答えでした。
この号が扱うのは一点だけ。体の指標を測る機器が、どこまで正しいかです。記録を続けるコツも、目指すべき値も書きません。まず、同じ夜を7機種で測った実験から。
自己計測(Self-Tracking)は、ここでは「自分の体の指標を、機器や記録で数値にすること」として扱います。軸は1つです。測れば見えるようになる。ただし見えているのは体ではなく、機器の推定である。手首の装置が拾っているのは動きと、皮膚を通る光の変化。睡眠の段階も、消費したエネルギーも、そこから計算された結果です。

2021年に SLEEP へ出た研究は、市販の睡眠計測機器7機種と研究用のアクチグラフを、睡眠ポリグラフと同じ夜に並べました。米国の健康な若い成人34人(女性22人・平均28.1歳)を3夜連続、うち1夜は睡眠を乱す条件つき。実験室で、健康な若い成人を数晩という範囲の話です。そこから、はっきりしたことが3つあります。
01機種によっては、45分ぶんずれた。睡眠ポリグラフを基準にした総睡眠時間のずれは、基準に最も近い機種でマイナス0.3分、次が2.6分。一方で2機種は43.7分・46.8分と長く見積もり、研究用のアクチグラフも23.9分長いものでした。眠りを眠りと判定する感度はどの機種も0.93以上でしたが、起きているのを起きていると判定する特異度は0.18〜0.54。機器は眠りを見つけるのが得意で、目覚めを見落としやすいという形です。
02段階の切り分けは、そろわない。同じ実験で、睡眠段階のずれ方は機種ごとに違いました。浅い睡眠では、段階を出力する6機種すべてが基準と有意に違い、うち5機種は多め・1機種だけが22.3分少なめ。深い睡眠で有意に違ったのは3機種でいずれも多め、REM睡眠で有意に違ったのも3機種で、こちらはいずれも少なめでした。同じ一晩が、機種ごとに違う配分で切り分けられています。
03歩数・心拍・消費エネルギーで、当たり方が違う。主要9ブランドについて158本の研究を集めた2020年の系統的レビューは、歩数は実験室ではおおむね正確、心拍はブランドによってばらつき、消費エネルギーはどのブランドも正確ではなかったと結論しました。同じ2020年に53人・6機種で光学式の心拍推定を調べた研究では、市販機の平均絶対誤差が安静時で毎分7.2拍(標準偏差5.4)、活動中で10.2拍(同7.5)。肌の色による精度の差は、この研究が調べた範囲では統計的に意味のある大きさでは見つかっていません(無いことの証明ではありません)。直接に近い量ほど当たり、計算の段が増えるほど外れる——というのが、この号の読み筋です。

機器が外れることより厄介なのは、外れた数字が事実の席に座ることです。手がかりが3つあります。
01名札を、そのまま読んでいる。「回復」「準備度」「睡眠の質」。どれも、機器が直接測った量の名前ではありません。センサーが拾った物理量から何段か計算した先に、付けられた名札です。名札そのものからは、何段の計算を経た値なのかが分かりません。
02数字が、実感を裏づけている。眠れなかった気がする朝に、機器も浅い睡眠が多いと出る。それで話が終わります。2017年の臨床報告は、機器が示した数字を根拠に自分の睡眠に問題があると考えて受診した人たちを記述し、患者にとっては機器のデータのほうが、妥当性の確かめられた方法よりも自分の実感に合って感じられることがある、と書いています。受診した人たちについての記述であり、機器を使う人全般に起きることを示したものではありません。
03家庭の機器を、基準にしている。自分の家庭用血圧計を持参した85人で測り比べたカナダの2017年の調査では、上の血圧か下の血圧のどちらかが基準と5mmHg以上ずれた機器が69%、10mmHg以上が29%、15mmHg以上が7%でした(互いに重ならない区分ではなく、それぞれのしきい値を超えた割合です)。平均としてのずれは許容できる範囲でしたが、5mmHg以内に収まる機器のほうが少数でした。

では、機器をやめて自分の感覚で記録すればいいのか。身体活動について自己申告と直接測定を比べた研究を集めた2008年の系統的レビューでは、相関を報告した148件の相関係数の平均は0.37(標準偏差0.25)でした。比較できた74件で報告された平均値の差のうち、60%は自己申告のほうが多い向きで、残りは少ない向きでした。ずれの向きが一定ではないので、一律に割り引く補正も効きません。どちらが正しいかではなく、どちらもずれる。そこが出発点です。
見分けは、もう1段あります。体重・体力・睡眠負債はたまっている量、食べた量・動いた量・眠った時間は出入りの量。浴槽でいえば、前者が水位で、後者が蛇口と排水口——というのが、この号の読み筋です。水位は、入る量と出る量の差を、時間のぶんだけ積み上げたもの。だから出入りを変えた翌朝、水位はほとんど動きません。
今日変えられるのは、出入りだけ。
たまった量は、遅れて動く。
1点の数字には、測り方の誤差とその日の事情——水分の出入り、腸の中身、測った時刻——が混ざります。だから見るのは点ではなく、点がどちらへ並んでいるか。先の実験では、機種ごとのずれの向きは同じ方向にそろっていました。だとすれば、絶対値は当てにできなくても、同じ機種で追った向きなら、まだ読める可能性があります。ここで書けるのは「それがどういう種類の数字か」までで、目指すべき値はこの号では書きません。
TRY IT TODAY
- 01PICK
いま使っている記録から、体の数字を1つ選ぶ。
- 02SPLIT
1行目に、それが直接拾っている量。動き、光、腕帯の圧力、自分で書いた回数。
- 03NAME
2行目に、そこから計算されて画面に出る量。分けられなければ「分からない」と書く。
自己計測の売り文句は「見える化」です。実際に置かれるのは、見えないものの上の名札でした。ここで見たのは、健康な若い成人を実験室で数晩測った研究と、欧米の成人を対象にした妥当性の研究が中心です。持病のある人、高齢の人、交代勤務の人での検証は、ずっと少ない。それでも、画面の数字を見るたびに聞ける問いが1つあります。これは直接拾った量か、そこから何段か計算された量か。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS自己計測を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 系統的レビュー
- あらかじめ決めた基準で研究をもれなく集めて整理する方法。数値の統合(メタ分析)まで行わないこともあります。
- 統計的に有意
- 「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。
- 標準偏差
- ばらつきの大きさを表す値。大きいほど、人によって結果がばらばらだったことを意味します。

