IN BODY · ISSUE 027
● 12 SEC「笑うと免疫が上がるらしいよ」と言われて、なんとなく信じたことがあるなら——その一文の出どころを探しました。行き着いたのは、数十人と、その日の唾液や血液です。
この号が扱うのは遊び。ただし、遊ぶと健康になる、という話ではありません。効能を約束する一文が、どこまで確かめられているか。見るのはその一点だけです。
遊び(Play)は、目的や成果のためではなく、それ自体が目的である行動を指します。難しさは全部ここにあります。効果を測るには目的が要る。目的を入れた瞬間、それは遊びではなくなる。だから遊びの研究は、たいてい遊びではないものを測っている——というのが、この号の読み筋です。

原典を探したのは、この2つの一文です——「笑いがNK細胞を活性化する」「遊びがBDNF産生を促進する」。NK細胞は自然免疫の細胞の一種、BDNFは神経の維持に関わるたんぱく質。両方とも、原典を探しました。
01規模は、10人から62人。2007年の総説(ユーモアと笑いの健康影響を4部に整理したうちの第4部)は、笑いや面白い映像とNK細胞の活性を扱った4件の報告のうち3件が、少なくとも一時的な上昇を報告している、と整理しています。同じ総説が免疫の指標をめぐって並べた研究は8件で、規模は10人(大学生)・10人(健康な男性)・22人(乳がんのある人)・33人(成人女性)・34人・45人・52人・62人。この8件でいちばん大きい62人が測っていたのは唾液中の抗体で、血液(NK細胞の活性)を測った研究の最大は52人。いずれも、介入の直後に採った検体の値です。
02総説自身が、「まだ無い」と書いている。同じ総説は、こうも書いています。これらの研究で示された上昇が臨床的な利益をもたらす大きさなのかは分かっておらず、健康のアウトカムを追った長期の研究はまだ行われていない。2002年の別の短い総説も、ユーモアと笑いが健康に良い影響を与えるという証拠は一般に信じられているほど決定的ではない、と結論しています。限界を書いているのは、批判する側ではなく著者たち自身です。
03BDNFのほうは、遊びの研究ではなかった。ALIFEが学術検索と主要な医学・スポーツ科学の文献データベースで、遊び・遊戯・余暇活動という語をBDNFと組み合わせて探した範囲では、遊びとBDNFを人間で結びつけた査読された研究に行き着きませんでした(無いことの証明ではありません)。代わりに出てくるのは運動の研究です。2010年の系統的レビューは人を対象にした24件を整理し、一回の有酸素運動のあとに血中のBDNFが上がった研究が健康な人で69%、慢性の病気のある人で86%あったと報告。ただし上昇の多くは一過性で、著者らは血中のBDNFの由来も行き先も推測の域を出ないと書いています。遊びではなく運動・脳ではなく血中・持続ではなく一過性という、3つの置き換えです。

効能の一文は、日常のなかで簡単にすり替わります。手がかりは3つ。
01効くから、と理由をつけている。遊ぶ理由に効能を持ち出しているとき。目的を入れると遊びではなくなり、しかも入れた目的に見合う証拠は薄いままです。ここに書いてあるのは遊びが体に効くという主張ではなく、効くという主張の証拠が薄いという話。遊んでいない人を責める材料にはなりません。
02向きは同じ、と思っている。2005年の系統的な総説は、前向きな感情と健康の関連が対象によって向きまで変わることを整理しました。地域で暮らす高齢者では、前向きな感情が高いほど死亡率が低いと報告した研究が7件。一方、施設に入所している高齢者を対象にした2件では、逆に死亡率が高いという向きでした。重い病気を抱えた人の生存については、報告が一致していません。同じ著者たちの2006年の総説も、関連はあるが因果として確立してはおらず、重い病気のある状況では害になる可能性もあると繰り返しています。施設の2件はその2件だけの結果で、施設で暮らす人が前向きな感情を控えるべきだと示したものではありません。
03関連を、順番として読んでいる。2009年の米国の研究は、4つの調査から集めた1,399人(19〜89歳・74%が女性)について、楽しんでやっている余暇の活動の多さを尺度で測り、身体の測定値と突き合わせました。得点の高い人ほど、血圧と1日の総コルチゾールが低く、身体機能の自己評価が良いという関連がありました。ただし横断研究で、著者ら自身が、活動がこの結果をもたらしたとは結論できず、体の調子が良いことが参加を促している可能性も同じようにある、と書いています。

2つの主張は、同じ形をしています。測られているのは、介入の直後に採った唾液や血液のなかの値。30分後には研究が多く、数字も動きます。10年後——健康のアウトカムを追った長期の研究のほうは、総説の言うとおり、まだ行われていません。前向きな感情という広い括りに変えれば観察研究は現れますが、そちらは横断か、向きが対象で変わる追跡です。
検体の中で、何かが動いた。
それが得になるかは、まだ分かっていない。
標本の偏りも断っておきます。ここまでの証拠は欧米の成人が対象で、数十人規模の実験室の課題か、横断の調査で採られたもの。日本人での追試はほとんど見当たりません。だから、効果で語らずに量だけを見る。何分あったか。それだけなら、目的を持ち込まずに数えられます——これは研究結果そのものではなく、ALIFEが提案する読み替えです。
TRY IT TODAY
- 01LIST
今日か昨日、目的なしにやったことを最大3件挙げる。
- 02COUNT
それぞれ何分くらいだったかを、5分刻みの見積もりで添える。
- 03TOTAL
最後に、合計を1行だけ書く。0件なら、0件と書けば完了。
遊びの効能を説く話には、共通の構造があります。まず楽しいことをして、それから血を採り、上がった数字に意味を持たせる。皮肉なのは、その手続きがいちばん熱心に行われた領域で、当の総説が「長期の研究はまだ行われていない」と書いていることです。それでも人は笑います。効くからではなく、面白いから。証拠が要らない行動であることは、それが本物であることの証拠かもしれない——というのが、この号の読み筋です。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS遊びを、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 系統的レビュー
- あらかじめ決めた基準で研究をもれなく集めて整理する方法。数値の統合(メタ分析)まで行わないこともあります。
- 観察研究・前向き研究
- 介入せずに経過を追いかける研究。「関連がある」までは言えますが、「それが原因だ」とは言い切れません。

