IN BODY · ISSUE 017

青い時刻の大きな窓辺に立ち、同じ無地のカードが壁一面に並ぶ前で、そのうちの1枚だけを指先に持って静かに見つめる女性● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

「地中海食で心疾患リスクが30%低下」。この一文をどこかで見たことがあるなら——その30%が何に対する30%かを、確かめたことはあるでしょうか。出どころの数字は、4.4%と3.8%です。

食事の本には、いつも一発逆転の項目が1つ置かれています。ある年は油、ある年は糖、ある年は特定の地域の食卓の名前。けれど体の側から見ると、食事は一発の入力ではなく、毎日の帳尻です。今日の一皿は、365枚のうちの1枚にすぎません。

栄養(Nutrition)を体の側から見ると、一日3回の選択が、数週間から数か月かけて平均されていく仕組みになります。体は完成品ではなく、少しずつ交換されつづける建物で、今日の材料が今日の壁になるわけではありません。

だからひとつの食品の効果は、原理として小さくなります。一日の材料に占める割合が小さく、人はそれ以外のものも食べているからです。効果が小さいことと、効果が無いことは別です。ただし効果が小さいほど、それを大きく見せる書き方の余地は広くなります。

黒い石のテーブルに同じ形の暗い皿が一列で奥へ連なり、手前の1枚だけが銀色に磨かれて琥珀色の光を映している
特別な一皿も、同じ1年の365分の1として平均されていく。 Visual: ALIFE

先に断っておきます。この号は、何を食べるべきかを決めません。扱うのは、食べ物についての数字がどう作られ、どう伝わるかのほうです。あの有名な「30%低下」を、3つに分けてみます。

01元の数字は、ハザード比0.70。出どころは、心血管の高リスクにあたるスペインの成人7,447人を追った無作為化試験(追跡期間の中央値4.8年、主要評価項目は心血管イベント)。2013年に The New England Journal of Medicine に載った版の多変量調整後のハザード比は 0.70(95%信頼区間 0.54〜0.92)で、この 0.70(オリーブ油を加えた群の値)が「30%低下」という一文になりました。対象は高リスクの成人で、追跡は4.8年です。

02撤回されたのは、割り付けの手続き。2018年、著者らはこの論文を撤回しました。理由は結果の捏造ではありません。同居する家族が無作為化を経ずに登録されていたこと、11の実施施設のうち1施設で一部の参加者が無作為化なしに群へ割り当てられていたこと、別の施設で無作為化の表の使い方が一貫していなかったことです。同じ年、解析をやり直した版が同誌へ再出版され、ハザード比はオリーブ油を加えた群で 0.69(95%信頼区間 0.53〜0.91)、木の実を加えた群で 0.72(0.54〜0.95)。数値そのものは、ほとんど動いていません。

03同じ結果が、31%とも0.6パーセントポイントとも言える。再出版版の主要評価項目のイベントは3群あわせて288件。脂質を減らす対照食の群で109件(4.4%)、オリーブ油を加えた群で96件(3.8%)、木の実を加えた群で83件(3.4%)。対照とオリーブ油の群の差は0.6パーセントポイントで、追跡時間まで込みにした比で読めば相対では約31%低い。どちらも同じ一つの結果です。リスクの見せ方を比べた2011年のコクランの系統的レビュー(35件・83の比較、アウトカムは理解の正確さ・効果の見え方・説得力の3つ)では、理解の正確さに明確な差は示されず(標準化平均差 0.02、95%信頼区間 −0.39〜0.43。信頼区間が0をまたぎ、明確な差とは言えません)、一方で相対で示されたほうが効果は大きく見え(0.41、0.03〜0.79)、説得力があると受け取られました(0.66、0.51〜0.81)。

2本の黒い石の柱が1枚の銀の横梁を支える門型の彫刻。梁の上面に小さな琥珀色のガラスがひとつ置かれている
同じ一つの結果に、相対と絶対の二通りの高さがある。 Visual: ALIFE

いま読んでいる数字が、そもそも読める形になっているかどうか。日常の中に、手がかりがあります。

01「何に対する」が、書かれていない。30%とだけ書かれていて、何人のうち何人かが無い。分母が書かれていないとき、読者はそれを自分で補うことになります。そして人は、たいてい自分に都合のいい分母を補います。

02期間が、消えている。中央値4.8年の追跡で見えた差が、一生分の話として読まれている。短い試験の結果は、そのままでは生涯の見通しにはなりません。

03比べた相手が、書かれていない。何もしない人と比べたのか、別の手間をかけた人と比べたのか。あの試験の対照は「脂質を減らす食事」に割り付けられた群であって、ふだんどおり食べていた人ではありませんでした。

青い時刻のコンクリート壁に並ぶ3つの窪み。銀の横棒の下が空のままの棚、途中で途切れて宙で止まる銀の棒、片方だけに琥珀色のガラスが載った2つの黒い台
分母・期間・比べた相手。3つのうち、いくつ書いてあるか。 Visual: ALIFE

結論の動詞が変わりました。2013年版は reduced——減らした、という他動詞。2018年の再出版版は was lower among those assigned——割り付けられた人たちのほうが少なかった。予防できたという主張から、関連が観察されたという記述への後退です。ハザード比は 0.70 から 0.69 へ、ほとんど動いていません。

そして、撤回の印は元の論文には付きますが、その論文を引いた記事には付きません。2019年のコクラン・レビューは、地中海食型の食事を扱った無作為化試験30件(参加者12,461人)を集めたうえで、この試験が撤回され、11施設の無作為化に懸念があるとして再解析されたことを記し、一次予防・二次予防のいずれについても効果にはなお不確かさが残ると結論しています。

同じ一つの結果に、二通りの高さがある。
31%と、0.6パーセントポイント。

ひとつの食品に力を見つける論文は、探せばたいてい見つかります。2013年に The American Journal of Clinical Nutrition へ出た変わった調査は、料理本から無作為に選んだレシピの食材50個について、がんとの関連を報告した論文を探しました。40個(80%)に見つかり、個別の研究による判定264件のうち191件(72%)が、リスクを上げる(103件)か下げる(88件)と結論していました。ところがその判定の75%は、統計的な裏づけが弱いか無いものでした。単独研究の相対危険度の中央値は 2.20 と 0.52。同じ食材のメタ分析では中央値 0.96——まとめると、ほとんど1に戻りました。

TRY IT TODAY

  1. 01PICK

    今日か昨日に見聞きした健康の情報を1つ選び、出てきた数字を書き写す。

  2. 02ASK

    その数字が何に対する何%かを、1行で書けるか試す。何人のうち何人か、何年のあいだか、比べた相手は誰か。

  3. 03MARK

    書けたら○、書けなかったら×。×でかまわない。調べ直さなくてよい。

この3ステップは研究が示した手順ではなく、原典の課題をもとにALIFEが提案する実践の入口です。情報の出し手に問い合わせたり、その話をした相手に確かめたりはしません。食事の内容・薬・治療を変える課題ではありません。妊娠中の人・子ども・持病のある人・治療中の人の食事については、医療者の指示が優先されます。

公的な目安はあります。世界保健機関の健康的な食事のファクトシート(2026年1月更新)は、10歳を超える人について果物と野菜を合わせて1日400g以上、遊離糖は総エネルギーの10%未満、脂質は総エネルギーの30%以下、飽和脂肪酸は同10%以下、トランス脂肪酸は同1%未満、成人の食塩は1日5g未満を挙げています。ただしこれは集団に向けた目安であって、個人への処方ではありません。

ここまでの数字は、ほぼ欧米の中年以上を対象に採られたもので、日本人を対象にした追試はほとんどありません。妊娠中の人・子ども・持病のある人・薬を飲んでいる人に、そのまま当てはめることはできません。それでも、30%と0.6パーセントポイントを見分けられるようになるのに、費用は1円もかかりません。もっとも、そのぶん誰も売ってはくれません。

SECOND LAYER · FULL SYLLABUS栄養を、もっと深く学ぶ。→
HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方

この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。

95%信頼区間
推定値の「ばらつきを見込んだ幅」。同じ研究を何度もやり直したら、結果の多くがこの幅に収まると期待できます。幅が0(差なし)をまたぐときは、明確な差とは言い切れません。
メタ分析
同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
系統的レビュー
あらかじめ決めた基準で研究をもれなく集めて整理する方法。数値の統合(メタ分析)まで行わないこともあります。
無作為化比較試験
くじ引きの要領で「介入を受ける群」と「受けない群」に分けて比べる実験。「効いたかどうか」を言うための標準的な設計です。
ハザード比
追跡期間の中で出来事が起こる「速さ」の比。1なら差なし。例えば0.8なら、その期間に起こる勢いが2割低かったことを表します。
中央値
全員を並べたときの、ちょうど真ん中の人の値。平均と違って、極端な値に引っ張られません。

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本コンテンツは学習目的であり、診断や治療の代替ではありません。